Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【01】
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「本当に弱いんだな」
「は……な、んの、話かなー?」

 動揺を押し隠して背筋をしゃ
んと伸ばす。いや、胸を反らす
くらいの勢いだ。体に変調をき
たしそうになっていることを悟
られたくなくて、村越の顔は見
ない。
 だが、村越は大きな一歩で距
離を詰め、達海の肩を力いっぱ
い引くと、強引に自分に向き合
わせた。
 その行動もまた予想外で、い
つもなら達海が村越を口上で封
じ込めることはあってもその逆
はないせいか、咄嗟に目を逸ら
してしまった。
 なんの考えもない本能的な反
射。
 あまり思い切りのよくない、
無駄に気真面目で責任感の強い
この男相手には珍しく、なぜか
達海の方が追い詰められている。
 だが、今はそのことを悔しが
る余裕すらない。

「目ぇ逸らしたな。ヤバイこと
思い出したんじゃねぇのか、今」
「……言ってることがわかりま
せーん」
「とぼけんな。感じただろ、俺
の指でも」
「……、」

 必死に取り繕おうと試みたも
のの、いつものように切り替え
ることができずに返答に間がで
きた。
 村越の言葉に危険信号が点っ
たと気付いたのに、まるで背中
のすぐ後ろに壁があるかのよう
で動けない。
 村越程度に呑まれて搦め捕ら
れるなんて、ビビりの椿じゃあ
るまいし。
 そう言いたいのに、言えない
のは何故だ。

「首、後ろから舐められて喘い
でたじゃねぇか、あんた」
「なっ……!」

 思わず飛び出た素っ頓狂な声。
 頭の中に様々なシーンが蘇っ
ていたが、村越が言っているの
は世良のおふざけ的なじゃれあ
いではない。
 だとすると、結論はひとつだ。

 ――後藤。

「いくらあんたの部屋だからっ
て、クラブハウスに間借りして
る分際でドアも閉めずにヤって
んじゃねぇぞ」

 蒼白もいいところだ。
 いつだ、いつ見られた?
 だいたい、いつもきちんとド
アは閉めている。声だって極力
押さえて、シーツをしょっちゅ
う洗ったりするわけにもいかな
いのでタオルを敷いて汚さない
ように気をつけたりもして、少
なくとも真っ昼間に盛ったりは
していない。
 だが、村越の口ぶりだと確実
にいたしている最中を目撃され
たようだ。
 動揺がピークに達した達海は
一歩も動けず、村越の手がぬっ
と伸びるのをまたしても払うこ
とができなかった。

「反論なしか」
「……見たんだろ? 否定した
って意味ないと思うけど、どう
なの?」
「そうだな。事実は変わらねぇ
からな」

 ギラリと、村越の眼が底の見
えない光を放つ。

 ――あ、こういう顔になるん
だね、お前は。

 村越が腹の底に抱えているも
のの一端はキャプテンを外すと
宣言したときに見た。
 その時よりもさらに苛烈な眼。
 ぼんやりとそんなことを考え
ながら、伸びた手が頬を掠めて
首を捕らえるのを赦してしまう。
 ぐっと引き寄せられて、達海
は思わずたたらを踏んだ。
 その先に、いつものミスター
ETUはいなかった。
 まるで飢えた獣。
 喰らい尽くすまで離さない、
そんな力強さで、

 村越が牙を剥いた。
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