Short Story 2

□もう、待たない
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 当たり前か、と思ったが、今
更ベッドを買い換えるくらいで
なにやら照れているらしい後藤
の一途さというか純情さという
か、四十目前の男の心情が理解
できない赤崎はただ、ウゼェ、
と思った。

「……お前、今、ベッド買い換
えるくらいでドモるとかマジで
ウゼェ、とか思っただろ」
「エスパーかなんかですか、後
藤さん」
「俺は今この場に、黒田がいて
くれればと切実に思ってる」
「俺が黒田さんごときに負ける
はずないじゃないスか」

 フンッ、と鼻で笑うと、後藤
は「こいつ本当に本気で憎たら
しい……!」という顔をした。
 だが、口では生意気なことを
言っている赤崎だが、後藤と達
海の距離感はかなり羨ましいと
思っているのだ。
 むしろだからこそ、可愛げの
ない口の利き方になってしまう
のかもしれないが。
 なにせあの阿吽の呼吸とでも
言うべき互いの理解度の高さは
十年も離れていたとは思えない
ほどだ。
 同じポジションの丹波や、歳
の近い世良や椿とでさえあそこ
まで自分をさらけ出せはしない
だろう、と思うと、恋人という
以前に人間として、フットボー
ラーとして相互理解のできてい
る後藤と達海は、触れ合いたい
距離感や触れたくない距離感を
知り尽くしているように見える。
 決して、全てを流れに任せて、
時に強引に赤崎を我が物にして
しまう王子とは違う、男として
の度量が後藤にはあるように思
えた。
 達海の方も、後藤がかまって
欲しいと思っているときをきち
んと把握しているかのようで、
監督業にかまけて後藤との時間
などいつ持っているのかと思う
ような日常の中でもきちんと恋
人を大切にしている。

「……俺には無理だな」

 後藤に聞こえないように、ボ
ソリと呟く。
 赤崎は、恋人を独占しておき
たいタイプだ。
 自分のものにならないくらい
なら、ひとかけらの気持ちもい
らない。
 だから冷たくするし、甘くも
ならない。

「それにしても、ジーノの奴、
遅くないか? 待ち合わせって
何時だ?」
「三時っス」
「……今、三時半だよな」
「そうっスね」
「ずっとそこに立ってるのか?」
「そうっスね」

 答えると、後藤が呆れた顔を
して、赤崎の、きっと真っ赤に
なっている耳を手袋をしている
両手で被った。
 風が遮断され、耳の感覚が失
われそうなほどに冷えていた皮
膚がジンジンする。
 温かい、と思えるほどには戻
ってこない感覚、黒のダウンジ
ャケットを羽織って手袋をして
いる手を突っ込みながら寒さに
いかっていた肩をストン、と落
とす。

「風ないとだいぶ違う……」
「今日、曇ってるしな。晴れて
れば少しは温いのに」
「そうなんスよ」
「フード被ってればいいんじゃ
ないのか?」
「あぁ」

 忘れてた、と呟き、ファーの
ついたフードを被る。
 けれど、それだけではどうに
もならないほど、風が強い。ビ
ル風だろう。

「脱げる……」

 フードを被ったままでいよう
とするとその端を手で抑えなか
ればならず、手袋越しでも指先
が冷える。
 かと言って、フードを脱ぐと
耳が痛い。
 くそ、と思っていると、後藤
は再び呆れたように笑う。

「ていうか、近くのコンビニ入
るとかしないのか。風邪引いた
らどうするんだ」
「コンビニ入ってる間に王子が
きたら、俺がいないとすぐ帰る
んスよ、あの人」

 待ち合わせ場所から少しでも
離れると、その間に来ていなく
なる。
 秋口の、暑さが過ぎて寒さを
感じるほどでもない日に、赤崎
は延々、数えるのもバカらしく
なるような時間を待った。
 いい加減に焦れて電話すると、
行ったが赤崎がいなかったから
帰った、とシレっとしながら言
われたので、死ねクソ王子、と
言って電話を切った。
 翌日、練習終わりに拉致られ
てジーノの家で翌日の朝まで過
ごしたのだが、それは赤崎にと
って決して幸運とは言い難い事
象だったので、以降ひたすら待
つようにしている。

「……お前、もう少しジーノに
文句言った方がいいぞ?」
「言ってますよ」

 むしろ、文句しか言っていな
い。
 だが、ジーノはどんなに遅れ
ても必ず来るのだ。
 そして、言い訳をしない。
 なにがあって遅れたのか、な
どと尋ねるのが面倒なほど毎回
遅れるので、赤崎の方ももう尋
ねなくなった。
 どうせ女だ。
 分かっているから、皮肉だけ
が口をつき、ジーノはそれを否
定しない。




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