Short Story 2

□この手の中の幸せを
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「あー、だよなー。達海も、あ
いつに怒鳴られるとちょっと怖
いっつってたし。珍しく」

 基本、怒鳴られても一向に気
にしない達海がだぜ? と先輩
達は言っている。
 待て、と思った。

「……俺は別に、あの人に怒鳴
った覚えは……」
「いやいや、あいつにからかわ
れて物怖じしないで言い返せる
とか、結構凄いって。言ってる
ことの順序とかバラバラだった
りすっから、理解できない内に
やり込められてること多いだろ、
あいつと話してっと」

 確かにそれはある。
 達海の話は、意図的なのかそ
うでないのかはともかく、彼の
頭の中にある物事の中から適当
に見繕って話し始めるので、よ
くわからないままからかわれて
いたりする。
 しばらく理解できずに、ハァ、
と聞いているのだが、後になっ
て、あれ? と思うのだ。
 そんな達海との会話に、村越
はいまのところ困ったことがな
い。
 即座に切り返していけるのが
なぜなのかはわからないが、他
の連中から、よくあの人と普通
に会話できるな、と言われたり
することがある。

「だから、お前が行ってこい」
「頼むぞー。松さんに見つから
ないうちに戻ってこい!」
「……」

 調子に乗った周囲にはやし立
てられ、村越はため息をついた。
 仕方なく、車に乗り込む。
 なんで俺が、という思いは強
かったが、村越の性格上、遅刻
するというのも許せなかった。
 そうして辿りついた寮、達海
の部屋はまだ閉じている。
 そもそも、既に寮を出ている
べき年齢だろうに、いつまでも
居座っているというのもどうな
のだ。
 そんなことを思いながら、一
応ノックしてみる。
 返事はない。

「入りますよ」

 断ってからドアを開ける。
 達海は、まだ気持ちよさそう
に微睡んでいた。
 初めて入った部屋には、物が
散乱している。

「……なんだ、これ」

 散らかっているのはメモ用紙
ばかりで、そこには、悪筆で書
かれたフォーメーションやら連
携の仕方やら、相手の弱点らし
きものやらが大雑把な感じで記
してあった。
 相手の動きの分析、書かれた
日付から、この間の試合のもの
だと気づいた。
 負けた試合だった。
 書き殴られたメモには、すで
に済んだ試合の分析のみならず、
どうすればよかったのかという
シュミレーションが幾通りも綴
られている。

「……ん、」
「!」

 寝返りを打った達海が軽く鼻
を鳴らしたのでハッと気づいた
村越が、慌てて時計を見る。
 練習が始まっている時間をと
っくに過ぎていた。

「ヤバイ! 達海さん! 起き
てください!」

 その一枚一枚に見入っていた
村越が焦って体を揺すると、達
海はわずかに開いている唇から
人を惑わすなにかを発しながら
うっすらと眼を開けた。
 その、無意識に醸し出される
色気は圧倒的だが、村越はそれ
に惑っている暇などない。

「達海さん!」
「……んー……?」
「練習! 遅刻です!!」
「うー……」

 のそっ、と体を起こしながら
も瞼の持ち上がらない達海に、
村越は焦れた。
 大きく息を吸い込む。

「――起きろっ!」

 耳元で、思い切り怒鳴った。

「ひっ!?」

 これにはさすがに達海の体が
跳ねて、目がぱっちりと開いた。

「えぇっ、なに!?」
「遅刻です! 練習始まってる!
急いで下さい!!」
「うわー……仕方ないなぁ」

 しかし、時計を見た達海は全
く急ぐ気配がない。
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