Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【56】
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 また、達海が眠っていない。
 理由はわかる。
 山形戦は、きっと厳しい試合
になるだろう。
 以前に当たった時、引き分け
た後に達海はしばし、難しい顔
をして考え込んでいた。
 そのことも踏まえて、達海は
山形戦を椿なしでどうやって勝
ち抜くかと思案しているのだろ
う。

「あれ、なにしてるんだ、有里
ちゃん」

 後藤が階下に降りたとき、な
ぜか有里が達海の部屋の前で散
乱している紙を拾っていた。

「資料落としたのよ」
「へぇ、珍しい。疲れてるのか
い?」
「違う違う、私じゃなくて」

 達海さんよ、と言われて、後
藤はあぁ、と頷いた。

「寝てないからな、あいつ」
「そうなのよー。ひっどい顔し
てフラフラしながら出てった」

 呆れと心配と畏敬の念を取り
混ぜながら笑う有里に、後藤は
ふむ、と思う。
 フラフラか。
 どうせ飯もろくに食ってない
んだろうな、とため息をついて、
後藤は達海の後を追った。
 ちらりと見た部屋の中は相変
わらず物が散乱していて、かつ
スナック菓子とドクペだけがテ
ーブルの上に置いてある。
 緑川が怪我をして、椿が累積
で出場停止。
 どうにもこうにも、苦しいこ
とには変わりない。
 おまけに夏場はただでさえ日
程が混んでいてキツいのだ。
 猛暑ということもあり、選手
にとっても監督にとってもしん
どい展開になるのは確実だった。

「おっ、」

 しかし、クラブハウスを出た
ところで思わぬ光景を目にして、
後藤は目を細める。
 達海が椿と話している。
 どうやら椿はひとりで練習を
していたらしく、そういうとこ
ろが昔の達海とよく似ていた。
 だが、ワタワタしながら達海
と話している椿は後藤にとって
達海を横取りしかねない危険な
存在で、できれば二人きりにし
たくはない。
 もちろん、そんなことを達海
に言おうものなら、後藤ウザイ、
と言われかねないので言わない
が。
 なので、入口にもたれ掛かっ
て二人の様子を眺めてみる。
 椿がなにかしそうになったら
出ていけばいいか、という位の
ものだった。
 だが。

「――……、」

 何を話しているのか、椿の話
に真剣に耳を傾けている達海の
表情が酷く勝負師の顔になって
いて、これは、と思う。
 話しかけてはいけない。
 達海は目の前の試合に真剣な
のだ。
 何かを閃いたらしい達海が椿
に手を振って戻ってくる。
 その途中で、視界の中に後藤
を捕らえても痺れそうなくらい
に集中した眼差しが和らぐこと
はない。

「よぅ、どうしたの?」
「……お前が資料落としてった
から、有里ちゃんが怒ってたぞ
って忠告しに来た」
「はぁ? なんだよ、それ」

 目が赤くて、かなり疲れて、
ぼんやりともしている。




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