Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【50】
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 服を着替えてキスの痕を隠し
た達海は、すっかりいつもの達
海だった。
 グラウンドに出て、いつもの
ように声を張っている。

「サイド! 立ち上がり遅いよ!
早めに判断しねーとっ!」

 鋭い視線で選手たちを見つめ
る火のような達海は、サッカー
と向き合うときの真摯さを全開
にしていて、そこには愛も恋も
入り込む余地はない。
 走り続ける村越の背中も、椿
の背中も、達海には等しい。
 松原以下コーチたちも、そん
な達海の姿に引かれるようにし
て声を出す。
 そして、激しい練習の一幕に
区切りを付けた頃。
 ふと振り返れば、そこには有
里がフェンス越しに立っていた。

「なんだよー?」
「うん、いいなーって思って」
「なにが?」
「こういう、活気のある姿って
いうのかな……みんながこんな
風に楽しそうにサッカーしてる
姿が、私、大好き」

 有里は、ニコニコとしている。
 とても楽しそうだ。

「本当、お前はフットボールバ
カだよな」
「達海さんに言われたくないわ
よ」
「そりゃそうだ。俺は、フット
ボール、大好きだもん」

 言い切ると、有里の目が大き
く見開いた。
 意外なものを見たときのよう
に。

「なんだよ?」
「うん……達海さん、もしかし
て、なんかあった?」
「ん?」
「だって、今までだったら絶対、
フットボールだけだもん、って
言ったはずでしょ? でも、い
まの達海さん、だけって言わな
かったんだもん」

 その指摘に、達海は唇を尖ら
せてから視線をグラウンドに戻
した。

「達海さん?」
「うん……フットボールってさ、
面白いよな」
「え? うん」

 頷く有里に、笑顔を向ける。
 フットボール「だけ」と言わ
ない達海を、有里は眩しいもの
を見たかのように目を細めて見
つめた。

「俺は、フットボール、大好き
だよ」

 たとえ自分が走れなくなって
も。
 その言葉を飲み込む。
 けれど、浮かべた笑みの意味
を、有里は何故か正確に理解し
たようだった。
 大きく見開いた目を、悲しげ
な色が混ざらないようにして笑
み返してくれる。
 その気遣いに、達海も気づか
れたのだと悟らなかったフリで
応えた。
 恋人ができて、フットボール
だけではなくなったけれど、ど
ちらも欠くことのできない大切
なもの。
 走れなくなっても変わらず好
きなものと、走れなくなったか
らこそ好きだと言えるもの。
 達海は、未だ現役だったらき
っと、後藤とも村越とも、気持
ちを通じ合わせてはいなかった
のではないか、と思う。
 プレイヤーではいられなくな
ったからこそ、愛が必要になっ
た。
 そんな微妙な機微には、達海
自身も気づいていなかったのだ
が。
 それが達海なのだと、なぜか、
有里だけは気づいてくれる。
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