Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【49】
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 目が覚めた達海は、まだフワ
フワとした意識のまま後藤に全
身を洗われて、村越が用意して
くれた朝食を摂った。
 ご飯と味噌汁と焼き鮭と生卵
に、余っていたというキュウリ
と若布の和え物。
 ほぼ、和朝食の定番といった
ラインナップに、達海は本気で
感動しながらペロリと平らげる。
 とても穏やかで、くすぐった
さすら感じる幸せな朝。
 朝食を作ってくれた村越も後
藤も、朝食が終わるまではすこ
ぶる機嫌がよかった。
 ……のだが。

「脚……」

 出かける支度を始める頃、村
越が険しい顔でぼそりと呟いた
のは、後藤が着せた村越のTシ
ャツから覗く達海の脚のせいだ。
 下着もつけていない達海の、
なめらかな脚が恋人ふたりの目
に惜しげもなく晒されているの
だから、仕方があるまい。
 後藤も同じく、なにやら難し
い顔で達海の脚を見つめていた。
 だが、もちろん達海は、そん
なふたりの視線に不思議そうに
首を傾げるばかりである。

「脚? 脚がどうかしたか?」
「うん、いや……どうしようか
な、と」
「なにが?」

 じっと脚を見ながら思案顔の
後藤と、凝視の域に達している
村越は、とうやら同じことを考
えているようだった。

「どうやってクラブハウスまで
連れてく?」
「椿の服は却下だしな」

 ふたりが悩む理由を察して、
達海は自分の脚を見下ろした。

 ──まぁ、男の脚なんか出て
ても誰も喜ばないもんな。椿の
服はダメだって言うし。

 着る服がないというのは困っ
た話だが、かといって買っても
らうのは嫌である。

「ごめんねー、醜い脚晒してて
さー」

 笑いながら言うと、後藤と村
越のふたりともが驚いたように
達海へと顔を向けた。

「なに言ってんだ、あんた!」
「いっ!?」

 村越に噛みつくように怒鳴ら
れ、達海は驚いて一歩退いてし
まう。
 なぜ怒鳴られたのか、まるで
わからない。
 後藤も、呆れ顔で達海を見な
がら、昨日と同じスーツを着て
いる。

「その、見てたら触りたくなる
脚をどうやって隠そうかって考
えてるんだ、こっちは」

 苦笑混じりの後藤の言葉に、
達海は再び自分の脚を見下ろし
てみる。

「そゆこと思うのはお前らだけ
だと思う」

 言い切ると、村越がまたもや
おかしな顔をした。
 その顔に唇を尖らせて、達海
はソファーの上で立てた膝を抱
えて顎を乗せながら、ブチブチ
と文句を言ってみる。
 しかし、その生脚の威力に、
恋人ふたりが悩殺されているこ
となど露ほども気づかないのが
達海だ。

「村越、ハーフパンツでも穿か
せてやってくれ。朝から盛った
らまた笠野さんに怒られる」
「パンツはないけどな」

 言いながらハーフパンツを持
ってくる村越に、達海はぶーた
れながらもおとなしく従った。
 下着をつけないまま穿いたハ
ーフパンツはとてもおかしな感
じがして、なにやら落ち着かな
い。

「……ブカブカ」
「体格が違うんだ、仕方がねぇ
だろう。ほら、そろそろ行かな
いと、向こうで着替える時間が
なくなるぞ」

 村越に言われて、達海は椿の
服を紙袋に入れ、クラブハウス
に向かう途中でクリーニングに
出した。
 たとえ数時間とはいえ袖を通
したのだから、それが礼儀とい
うものだろう。
 だが、そのクリーニング店で、
達海は少々おかしな目にあった。
 以前、汚れたシーツと後藤の
上着を出したときと同じ店員が
いたのだが、その店員が、達海
の姿を見てギョッとしたように
目を見開いたのだ。
 なんだろう、と思う間もなく、
後ろから村越の手が伸びてきて
達海を捕らえ、後藤が待つ車に
戻っていろと言われる。

「なんでだよ」
「……痕が見えてんだ」
「え、」

 なんの痕か、などとは聞かず
ともわかる。
 夕べの名残だ。
 ついつい普段の格好と同じ気
分でいたが、いま着ているのは
襟ぐりの大きな村越のシャツで
ある。
 胸元に散った赤色の花は、い
つもよりも一層、人目に晒され
やすいのだ。
 男性の店員が達海の素肌に散
る鬱血の痕を気にしているのを
感じて、思わず襟元を手で絞っ
た。

「バカ」

 村越にそう呟いて踵を返すと、
達海は恥ずかしさでどうにかな
りそうな気分のまま駐車場で待
つ後藤の車に乗り込み、唇を尖
らせる。

「どうした?」
「どうしたもこうしたも……キ
スマークとかやめろよな。店の
人に変な顔されたじゃん」
「あぁ……悪い」

 言いながらも、後藤はちっと
も悪そうではない。
 達海はますます唇を尖らせ、
愛された証を見下ろした。

「今度、後藤にもつけていい?」
「キスマークをか?」
「ん。俺ばっかり、不公平だと
思う」
「見えないとこなら、いいけど」

 笑いながらそんなことをいう
後藤に、達海はゆるく首を振っ
てため息をついた。

「見えないとこにつけたって意
味ないじゃん。お前らがわざと
見えるところに痕残すから仕返
ししてやりたいのに」
「村越にしてやればいいじゃな
いか」
「あいつには、前に歯型つけて
やったから。今度は後藤が恥ず
かしい思いすればいいんだ」
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