Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【46】
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 午後七時。
 約束はその時間だが、達海は
時計を持っていない。
 かといってクラブハウスに戻
って後藤や村越と顔を合わせた
くはなく、達海は思い切って、
ETUの寮まで歩いた。
 車で通うのが最適な距離は、
歩けば当然ながら相当な時間を
要する。
 車を持たない達海にとって、
昔からこの道は誰かの車で通る
ものだった。

 ――っても、ほっとんど後藤
だったよな。後藤が京都行って
からは……村越だったっけ。

 予算の都合上、近場に作れな
かったという寮。
 達海が十年前まで生活の拠点
にしていた場所やそこまでの道
程までもが、ふたりとの思い出
に満ちているのを感じて、達海
はぐっと唇を噛んだ。
 切ない。

 ――なんで迷うんだよ。

 触れて欲しいのに。
 気遣われているのはわかるし、
それが達海を愛する故なのも理
解できる。
 けれど、それならば迷わずダ
メだと言えばいいのに、ふたり
ともが迷うから、達海は彼らへ
の欲望を抑えられない。
 後藤と、そして村越と、他愛
のないバカ話をしながら通った
道を歩きながら胸が苦しいのは、
達海がふたりを好きだからなの
に。

「バカヤロウ……」

 何度か小さくこぼす悪態は、
触れて愛して欲しいという願い
の発露だ。
 ひたすら脚を動かしていない
と、立ち止まればみっともなく
泣けてしまいそうで、達海はい
つもより足速に歩いた。

「あれっ、達海さん!?」

 寮が見えてきた辺りで、タイ
ミングよくコンビニから世良が
出てきた。

「よっ。散歩がてら来ちゃった」

 達海はいつも通りの顔を心掛
けて笑みを浮かべたが、失敗し
て泣き笑いのようになってしま
う。
 世良はすぐにその表情に気づ
いて、まだ練習用のジャージの
ままな達海を寮の自室に連れて
行ってくれた。

「どうしたんスか?」
「別に〜?」

 幸いなことに廊下で誰かに会
うこともなく世良の部屋で腰を
下ろした達海は、懐かしい雰囲
気の寮を見回して惚けてみる。
 しかし、直感的野性動物な世
良はそれを許さず、ずいっと膝
を詰めてきた。

「達海さん、なんかあったのわ
かるくらいには、俺も達海さん
のこと見てるっス。後藤さんや
村越さんと居るのヤで、でもひ
とりで居たくないからここまで
来たんじゃないんスか?」

 暑い中を、ひたすら歩いて。
 そう言われて、達海は窓の外
の青空を見上げた。

「……だって、全部俺のわがま
まだもん。言えないでしょ、俺
の勝手ばっかりはさ……なんか
俺、どんどん欲張りになってき
てるし」

 そう、わかっている。
 正しいのは後藤や村越の方で、
達海が過剰に欲しがっているの
だということくらい。
 けれど、求めることを許され
た直後だけに、欲しい気持ちが
抑えられないのだ。
 ふたりの調子が悪いだとか忙
しいだとかいうなら達海とて配
慮するし、無理を言おうとは思
わないが、いまはそういうわけ
ではなく、達海の体調も良い。
 それなのに、わずかな温もり
さえ与えられずにひたすら気遣
われることが面白くないのだな
どと……そんなことを言っても
いいのかがわからない。
 一時の感情の揺れで飛び出し
てきたが、不満はあくまで達海
の一方的なものにすぎないのだ
から。
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