Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【43】
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 村越とティーラウンジで達海
を待つ。
 村越はむっつりと黙り込んだ
まま、エントランスの方を見つ
めている。
 そんな村越を横目に、後藤は
持ってきた資料に目を通してい
た。
 村越がなにに対して不満を持
っているのか察しはついていた
が、思い出した苦い過去を打ち
明けてやるほど優しくはない。
 ジーノを連れ去った時の達海
の表情は酷く切迫していて、抱
き締めて背中をさすって、なに
があったのかと問うてやれれば
と思った。
 触れるなと言われてさえいな
ければ、達海の言葉を引き出す
のは村越より後藤の方が得手だ
ろうと思うからなおさらだ。

「……後藤さんは、達海さんが
現役のとき、惚れてるって言わ
なかったんスか」

 エントランスを眺めたままで、
村越が呟くように尋ねてくる。
 後藤も資料から目を上げるこ
とはせずに、あぁ、と頷いた。

「認めるのに時間がかかってな」
「達海さんを好きだってことを
か?」
「そう。でも、お前だって言わ
なかったろ」
「俺は、気づいてもなかったん
スよ。憧れだと思って……自分
が達海さんに惚れてるなんて、
考えたこともなかったな。気づ
こうにも、たかだか一年にも満
たない間しか一緒じゃなかった
っていうのもある」

 淡々とそう言った村越の声に
憤りはなく、後藤はわずかに目
線を上げた。
 厳つい顔に浮かぶのは達海へ
の想いで、それがわかるのは後
藤だからだろう。
 達海を想う時、自分もあんな
眼をしているのだろうと思うの
だ。
 愛しい人を欲して焦がれる眼。

「……別れるとき、つらかった
か?」
「つらい……そうだな、つらか
ったスよ。置いてかれるって思
ったら、もう……憎まずにはい
られなかった」

 微苦笑。
 そうせざるをえなかった頃の
村越は、まだ若く、恋慕に無意
識だったのだろう。
 後藤が十年前の村越の歳だっ
たとき、達海がルーキーだった。
 あの年の事を思い出そうとす
ると、それはいつも幸福感を伴
う。
 いや、達海がいる記憶はいつ
も幸福だ。
 例えそれが、痛みを伴う記憶
でも。

「俺もつらかったな」

 ただひとつ、成田空港で達海
を見送ったあの瞬間だけは、い
つまでも後悔にまみれたままだ
が、後藤がいま思い出している
のはあの日のことではなく……
京都への移籍を決めた時のこと
だった。
 どうしても達海に言い出せな
くて、いっそ笠野の口から告げ
てもらおうかと思った後藤に、
唇を尖らせながら達海が言った
こと。

(これから誰が俺のタマゴサン
ド買ってくれんの、後藤)

 ぶすくれた顔が、とてもかわ
いかった。
 京都って遠いじゃん、と言い
ながら、後藤の裾を後ろからぐ
いーっと引っ張って、それから
笑って抱き着いてきた達海の温
もりを背中に感じ、後藤は達海
への想いに絞まる胸が痛くて苦
しくて、それでも離れがたい気
持ちが募るばかりで切なかった。
 苦しくて、顔を見ずに尋ねた
ものだ。

(誰から聞いたんだよ、まだ誰
にも言ってないのに)

 答えは明瞭だった。

(盗み聞きしちゃった。後藤が
あんまり思い詰めた顔してっか
ら、気になってさ)
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