Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【42】
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 街に出たものの、達海は途方
にくれていた。
 いや、遠征ではすでに何度か
訪れている街だし、迷子ではな
い。決して、迷子ではないのだ
――多分。

「やべ……ホテルってどっち?」

 呟きながら軽く顎を扱いて左
右を見渡す。

 ――落ち着け、アレだほら、
札幌ったら碁盤の目だって言う
じゃん。

 四つ角曲がれば元の場所に出
る。
 確かに、出る。
 だがしかし。
 しかし、だ。

「……どっから来たのかわかん
ねーと、碁盤の目も無意味じゃ
ーん」

 人波に流されるまま、ひたす
ら歩き続けた結果がこれだ。
 なんだかたくさん角を曲がっ
たせいで、ホテルがどちらの方
角にあるのかすらわからない。
 というか、自分がいまどの方
角を向いているのかすら不明だ。
 うーん、と首を捻っていると、
不意に肩を叩く手があった。

「やっぱり。なにやってんスか、
達海さん?」
「……ありゃ、清川?」

 薄茶色の長髪を結びもせずに
垂らしている清川が、椿と宮野
を引き連れてそこにいた。

「なにしてんの、お前ら」
「ははっ、聞いてんの俺ですっ
て」

 質問に質問で帰した達海を、
清川が笑う。
 少し下がり気味の目尻が試合
中には厳しい眼差しに変わるこ
とを、達海は知っていた。

「王子連れ去ったの、用件済ん
だんスか?」

 宮野に尋ねられ、達海は少し
顎を引いて唇を尖らせながら頷
く。

「うん。まぁ、な」
「た、監督……なんか、平気ス
か」

 合宿最後の日に暴挙に及んで
からというもの、椿は達海を
「達海さん」と呼びそうになっ
ては「監督」と言い直していて、
それがかえってあの日の行動を
生々しく彩っていたが、きっと
椿はそんなことなど気づいてい
ないだろう。
 そう思うと、無性に蹴り飛ば
したくなった。

「え、たっ……監督?」

 しかし本当に蹴るわけにはい
かないので、達海は椿の頬を一
度だけぎゅむっとつねり上げ、
戸惑う椿をキロリと睨んだ。

「え、えっ?」

 唇を尖らせてつんっとそっぽ
を向いた達海に、椿が情けない
表情を浮かべて困惑している。
 そんな達海を、清川は苦笑い
で、宮野は戸惑いながら見つめ
ていた。

「でも、あの王子を襟首掴んで
連れてくなんて、すごいスよね。
椿なんていっつも犬呼ばわりだ
もんな」
「う、うん。なんでかな」

 そりゃあお前が犬っぽいから
だろ……と思ったものの、口に
は出さなかった。
 代わりに、本当に犬だったら
耳がありそうなところを撫でて
みる。
 耳と……尻尾もあったらいい
のに。そうしたらきっとかわい
い。

「モフモフわんこ」
「えっ!」

 髪を撫でられた椿は、達海の
無意識の言葉に複雑そうな顔を
したものの、やがて気持ち良く
なってきたのか、目を細めてう
っとりし始めた。

「かわいーい。本物のわんこみ
てー」

 ニヒーっと笑うと、なぜか宮
野がほわっと顔を赤くする。

「顎の下きもちーのはにゃんこ
だっけ」
「そうスね……なんか、椿ばっ
かりずるいなぁ」

 清川が拗ねたような顔をする
のもかわいい気がして、達海は
ジーノにされたように清川の耳
をこしょこしょとくすぐった。
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