Silent Sweetheart 【派生】

□Ribbon Day's 【03】
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「やぁ、ザッキー」
「……ス」

 買物をしてふらりと入った喫
茶店に、何故かジーノがいた。
 お互いにひとりだしあえて避
けるのも、と三秒ほど考えたと
ころで、ジーノの方が赤崎に気
づいて手招きする。
 彼の隣に女性がいたら気を利
かせるフリもできたのに、あい
にくカウンターの端でコーヒー
を飲んでいるだけの男は嫌にな
るほど否を言わせない空気を漂
わせていた。

「なにを買ったの?」
「服スけど」
「ふーん?」

 ニコリとしながらも興味はな
いのだろうジーノの横に掛けて
アイスティーを頼む。
 ロンググラスに注がれた琥珀
色の液体は、よく澄んでいた。
ストローに口をつけると、すっ
きりとした味と香に少し和む。
 ジーノにはいまさら隠すとこ
ろもないので、意地を張ってブ
ラックコーヒーを頼むようなこ
とはしない。

「で、どう?」

 唐突な問いには赤崎が買った
服に対してよりも多大な興味が
注がれていて、この男は、普段
は殊更上品ぶっているが内実は
意外と下世話なのだと知らしめ
る。
 あの日、丹波から電話があっ
た後、ジーノが言ったことを忘
れていない赤崎は、性的な部分
で誠実ではなくても真剣に達海
を想うジーノを初めて尊敬した。
 カッコイイのは間違いないし、
スマートで適度に小技も混ぜつ
つ時折見せる野生の雄の顔は確
かに同性からしてもドキリとす
る、ジーノという男。
 赤崎はジーノをそんな男だと
評価しているから丹波との比較
対象として選び、結果としてジ
ーノに悪いことをしてしまった。
 好きな男がいるのに自分を抱
かせたことは本気で反省してい
る。

(来るもの拒まず去るもの追わ
ず、っていうのが僕の性分だか
ら、ザッキーのことは放してあ
げるよ)
(……俺のこと、は?)

 尋ねたのは純然たる疑問で、
決して揚げ足を取るつもりでは
なかった。
 問われて誰かに思いを馳せた
ジーノは初めて、王子ではなく
ただの男の顔をしていて。

(例え他人のものだったとして
も、僕は僕が恋した相手を愛し
続ける。この気持ちは失くさな
い)

 いっそ穏やかな声は揺るがな
い決意に満ちていた。
 丹波の優しさに惑ってどんど
ん気持ちを傾けているのに、た
だのセフレとしてしか見てもら
えないのだろう切なさに苦しん
でいた赤崎には羨ましいほどの
一途さに目が眩む。

(ねぇ、ザッキーは?)
(え?)
(欲しいなら足掻かなきゃいけ
ないよ?)

 追わない犬は猟犬とは言わな
いんだよ――。
 そう言われて追い出されたジ
ーノのマンション。閉まるドア
の音は駆け出した自分の足音に
混ざって、まるでキックオフを
告げる笛の音のようだった。

「どう? って聞かれて、なん
て答えりゃいんスか」

 苦笑すると、ジーノは相も変
わらず完璧な笑顔を浮かべる。

「肌艶よくなった理由、知りた
いな」
「冗談じゃないスよ、ここで話
したら警察呼ばれるじゃないス
か」
「へー、そんな猥談になるんだ」
「えぇまぁ、そんな猥談になる
んスよ。それでも聞きたいんス
か」

 マスターはなにも聞いていな
いような顔でコーヒーを落とし
ているが、その気遣いに応えな
くてはなるまい。
 まぁ、いまの段階では間違っ
ても同性同士の話だとは思わな
いだろうが。
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