Silent Sweetheart 【派生】

□One Day >> Can you love me ?
1ページ/4ページ

 携帯が鳴って、話を聞いて、
堀田はすぐに部屋を出た。
 いい加減出ても問題ないはず
の寮の部屋、門限なんて決まり
は特に存在しない。
 ETUの自由な気風が有り難
かった。
 外に出て、車で向かう先はと
っくに寮を出た堺の家で、多少
神経質な性格の男らしいきちん
とした様子の室内には、呆れ顔
の家主と家主と同い年のお調子
者、そして常にマイペースなひ
とつ年上の男がいた。

「石神さんが潰れてるなんて珍
しい……なにがあったんだ」

 この四人の中ではほぼタメ口
が許されている。
 歳の近い者で集まる機会が多
かったせいか、堀田が入って三
年目くらいには堺に対してもあ
まり敬語は使わなくなっていた。

「据え膳食わなかったんだって
よ」
「は?」

 ニヤニヤしている丹波の表現
に眉をひそめると、テーブルに
突っ伏してダウンしている石神
に代わって、堺が口を開いた。

「達海さんとヤれる機会にぶち
当たったのに、食わずにイイヒ
トしたって意味だ」
「……そりゃあ、また」

 なんだってそんな話に。
 そう思った堀田は、苦しげな
顔で意識を飛ばしている石神を
見ながらいたたまれない気分に
なった。
 マイペース王で鳴らした石神
の、ここまで荒れる姿は初めて
見る。

「要領得なかったが、こいつの
話を総合すると、どうやら達海
さんから誘われたらしい」
「は? 達海さんから?」

 それもまた解せない話である。
 達海には、後藤、村越という
恋人がいるのだ。それがなぜ、
石神と?

「なんか、エライ切羽詰まった
事情があったみたいだぜ? 昔
の話とかみたいだけど、詳しい
ことはわかんねぇ。こいつも話
そうとしねぇしな」

 丹波の説明ではさっぱりだが、
堺が補足してくれた内容からす
るとこうなる。
 偶然飯を食いに行った先のお
好み焼き屋で達海に会って、過
去のことで傷ついている達海を
慰めていたらよろめかれた。
 なのに、石神はいざことに及
ぶとなったら貞淑な女のように
不安を見せた達海をイイヒトぶ
って解放してしまった……と。

「嫌だって言われたら、誘った
のはそっちだろって言えたのに
……一生懸命我慢してる達海さ
ん見て腰が引けたんだとよ」

「はぁ……石神さんらしくもな
い話だな。得意だろ、その気じ
ゃない奴をマイペースな会話で
つらっとのせるのなんて」
「それだけ本気だったってこと
だろー。かえって手ぇ出せなか
ったんじゃね?」

 そういう丹波も達海のことを
好きなはずだが、この男は石神
と違う点でマイペースだし、そ
もそも思いの丈など他人には計
れないのだから考えないことに
する。
 だが、石神の行動に関してな
ら腑に落ちない点は達海に対す
るものだけではない。

「なんだって俺だけ、いま呼ば
れたんだ?」

 やけ酒なら堀田を混ぜてもい
いはずで、いつもの呑みメンバ
ーならそうなるのに、なぜ石神
が潰れたタイミングで堺からの
呼び出しなのか。
 単に誘われなかったのならそ
れはそれで、まぁそんなことも
あるさ、で済むのに、敢えてい
ま呼んだのは何故だ?

「あー、こいつがねー、堀田は
呼ぶなって言ったんだって」

 丹波が石神のツンツン頭をつ
つきながら言って、堀田は思わ
ず渋面になる。

「だったらなんで呼んだんだ?」
「こいつは呼ぶなっつってて、
やっと潰れたから呼んだ」
「丹さん……」

 意味がわからない。
 一応の後輩にフラれ話を知ら
れたくなかったのなら話はわか
る。
 年上二人に話を聞いてもらい
たかったのだろう。
 だが、そんな本人の意向を無
視してまで自分が呼ばれた理由
がさっぱりだ。

「用件はひとつだ、堀田。こい
つ持って帰れ」
「な……堺さん!」

 石神は荷物か。
 しかも、さも堀田のもののよ
うに石神の襟首を掴んでぐっと
押し付けてくる堺に、堀田は困
惑した顔を向けた。

「言ったとおり車で来たよな?」
「来た……いやでも、なんで俺
が!」

 抗議の声を上げると、丹波が
すかさず「呑んだ人」と問い、
自ら手を挙げる。当然ながら堺
も挙手だ。
 つまりなにか、自分は石神に
拒まれたのに三十オーバー二人
組に配達屋として呼ばれたわけ
か。

「呼べば荷物引取にくるって、
クロいネコか俺はっ!」
「あ、ダメじゃん堀田。そこは
ほら、大江戸通運かって言わね
ぇと、有里にどやされっぞ。ス
ポンサーは神様ですみたいな勢
いで」

 丹波のくだらないツッコミに
脱力する堀田に、堺が真面目な
顔で被せる。

「伝票がいるなら書いてやる」
「いらん!」

 テーブルの上に転がっている
のはビールの缶が四本だけだが、
たかだかその程度で酔っている
のか?
 いや、決して弱くはない石神
が潰れているのだ、几帳面な堺
が片付けたのだろう。となると、
相当呑んだということだ。
 あるいは、石神だけが呑みす
ぎているのか。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ