Silent Sweetheart 【派生】

□Silent Sweetheart 【番外編 01】
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「待て、達海っ!」

 バタバタバタ、とETUの選
手寮に二人分の足音が響く。
 後藤が走るその十歩ほど前を、
今年のルーキー、達海猛が走っ
ていた。

「頑張れ、後藤ー」
「走りすぎて死ぬなよ!」

 深作や松井にわけのわからな
いエールをもらい、それに返す
余裕すらないくらいに走り続け
ている後藤が手にしているのは
バスタオルだ。
 達海は寮内の西と東にある階
段を走って逃げ続けるが、さす
がに後藤も学習してきた。

「捕まえた!」
「離せ!」

 上半身裸で髪の毛からも水を
滴らせたままの達海を捕獲し、
がしがしと頭を拭いてやる。
 そもそも風呂に入れるにも追
いかけ回して捕獲し、烏の行水
な達海をきちんと洗ったのは後
藤だ。
 次は食事かと思うとうんざり
だが、部屋に食事を運ぶとまぁ
まぁ食べるということがわかっ
たので、無理に連れ出して食堂
に行く手間はなくなったのが救
いだ。

「達海ー、飯だぞ」

 最近ようやく掛けなくなった
鍵に助けられ、食事を乗せたト
レイを達海の部屋に運び入れた
後藤だったが、達海は料理を目
にするとぷいっとそっぽを向い
た。

「玉葱嫌い」
「お前、どこの子どもだよ」
「嫌いなもんは嫌い!」

 丸きり三歳児の言い分を繰り
出す達海はまだ十代で、とにか
くサッカーしかできない奴だ。
笠野に連れて来られたときから
なんとなく予感はしていたが、
達海をよろしく、と指名された
のはチーム内でも面倒見の良さ
は折り紙付きの後藤だった。

「じゃあ、こっちは」
「ピーマン、嫌」

 ツンっとした達海に、後藤は
かしかしと頭を掻くと、持参し
たコンビニの袋からサンドイッ
チを取り出した。

「タマゴサンドなら食べるか?」
「……食べる」

 にゅっと伸びてきた手に、フ
ィルムを外したサンドイッチを
乗せてやる。
 以前、フィルムごと渡したこ
とがあったのだが、突っ返され
たのだ。

「好き嫌い、少しずつなくそう、
達海」
「……」

 返事はない。だが、自室に入
れてくれるようになっただけで
も大きな前進だ。
 以前は自分のテリトリーに他
人が入ってくるのを極端に嫌っ
て、閉め出されることの方が多
かったのだから。

「髪の毛、ひよこみたいだな。
茶色いひよこ」

 まふっとサンドイッチにかじ
りつく達海の髪の毛は、洗い立
てだとずいぶん柔らかい。
 いつもワックスで立たせてい
るのがさらさらと落ちて、余計
に幼い印象になった。
 かわいいなぁ、と思う。四つ
年下の少年。まだ、少年だ。
 言うことは聞かないし走り回
るしひとりにしておくと生活す
ら危うい。
 はっきり言って面倒臭いし押
し付けられて迷惑だと思ったし、
実際に接してみるとより難しい
奴で、後藤は振り回されっぱな
しである。
 それなのに、フットボールの
センスだけは抜群だった。一緒
にプレイするとすぐにわかる。
 楽しそうに走り、ボールと触
れ合い、ゲームをする姿はフッ
トボーラーとしての意欲を掻き
立てるのには十分すぎるのだ。
 そのアンバランスさが、妙に
達海猛という人間を魅力的に見
せている気もする。だがしかし、
しかしだ。
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