Short Story

□From your White Knight
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 今日がなんの日かと言えば、
三月十四日、ホワイトデーであ
る。
 達海はフンフンと鼻歌を奏で
ながら、クラブハウスを歩いて
いた。
 シーズン開幕直後だという緊
張感などうっちゃって、達海は
いつもの達海である。
 当然ながら、今日が何の日か
など覚えていない。
 一月前に自分が選手たちにフ
ァミリーパックのチョコレート
を食わせたことすらぼんやり忘
れかけている達海の頭の中には、
さて、どの試合でどうやって戦
おうか、ということしかないの
である。
 達海はホワイトボードを小脇
に抱えながら歩いていた。

「っと、」
「あ、達海さん」

 角を曲がったところでぶつか
ったのは清川だった。

「あー、悪ぃね、清川」
「いえ……て、待って待って!」

 フンフン、と鼻歌混じりで行
き過ぎようとする達海の肩を清
川が掴み、ふあ、と振り返った
達海は、そのとき初めてパチリ
と焦点を合わせた。

「ん、んん?」
「もう、達海さん。ぼんやりし
すぎでしょ」
「なに、それ」

 清川が差し出したのは、達海
がよく行く団子屋のみたらしが
入ったパックだった。

「なにって、お返しっス」
「お返し? なんの?」
「なんのって……もしかして、
忘れてます?」

 だから、なにが? と、首を
傾げる。
 すると、清川は静かに笑って、
自分でお返しねだったくせに、
と呟いた。

「ホワイトデーですよ」
「ん? あれ、本当?」
「本当っス」
「えー……あ、三月十四日かぁ」

 やっと思い出した達海はみた
らし団子を受け取って、ニヒっ
と笑った。

「あんがと。嬉しい」
「どう致しまして。ていうか、
なんかみんな用意してるみたい
スから、たくさんもらうと思い
ますよ?」
「マジで? なんだい、あんな
ファミリーパックで、みんな個
別に用意してくれてんの?」

 達海としては、選手たち全員
からひとつもらえたらいいかな、
と思ったくらいだったので、か
なり驚いた。

「そりゃ、点数稼ぎたいスから
ね」
「あ? なに、別にレギュラー
取りには影響しないよ?」
「知ってますよ。そうじゃなく
て、達海さん争奪戦の点数っス」
「俺?」

 なにが?
 と、瞳を瞬かせる達海だった
が、唐突にポスンと頭に何かが
乗っかったので上手く思考でき
なかった。

「村越」
「やる」

 頭の上のものをそっと持つと、
それは達海が普段からよく食べ
ているどら焼きである。
 ふっくらほんわり、やわらか
な甘さが嬉しいものだ。

「やるって……お前、よく知っ
てんね、俺がこのどら焼き好き
なの」

 清川もだけど、と呟く達海の
頭を、村越がふわりと撫でる。
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