Short Story

□Mr.Valentineの微睡み
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「だって俺って皆から愛されて
るから」

 ニヒ、と笑って見せる達海の
唇が、後藤に奪われる。
 それはひどく濃厚なチョコレ
ート味のキスだった。




 今日がバレンタインデーとい
う日の朝、達海はフンフンと鼻
唄を奏でながら廊下を歩いてい
た。
 その手には、ガサガサとスー
パーの袋を下げている。

「あれー、達海さん、どしたん
スか? 持ちます?」
「あ、清川じゃん。持ってくれ
んの? じゃ、これお願い」

 ガサ、と一袋を差し出すと、
清川はハーイ、と返事をして持
ってくれる。

「ははっ、達海さん、パンとス
ナック菓子ばっか。あとは……
牛乳と、肉まんとあんまんかぁ」
「うん。冬ったら肉まんでしょ。
でも、しょっぱいの食ったら甘
いの欲しくなるじゃん」

 二月の寒波はクラブハウス住
まいな達海の体に堪えるのか、
ひょこひょこと歩く脚の運びが
いつもと少しだけ違う。

「でも、なんで練習前に買い物
してんスか」

 笑う清川に、ニヒ、と笑い返
して、達海は唇に人差し指を当
てた。

「ひ、み、つ! ちょっとの間
だけね」
「はぁ?」

 解らない、という顔の清川を
引き連れた達海は自分の生活圏
にものをしまい、自分が持って
いた袋は開けないままグラウン
ドに向かった。

「どうするんスか、それ。あ、
練習で使うもんですか?」
「ブー、外れでーす」

 白いレジ袋をガサガサさせた
ままグラウンドに入ると、選手
たちの視線が一様に達海の手元
に集まる。

「……なんスか、それ」

 代表者である村越に問われて、
達海はニヒ、と笑った。

「今日はなんの日だよ?」
「今日?」
「今日……二月、十四日」
「バレンタインデーだね」

 ピンとこないらしい連中を余
所にジーノが答えて、達海はソ
レだ、と選手たちを指した。

「てことは……その中身って、
チョコっスか!」

 お手伝いしてくれた清川に頷
いて、達海は鷲掴みにしていた
レジ袋の口を開けた。
 もちろん、たいしたものでは
ない。
 量が入っているのが売りのア
ソートだのファミリーパックだ
のばかりだ。
 選手たちはファンから細々チ
ョコレートをもらったりしてい
るだろうが、朝起きたら思い立
ったので買い物ついでに購入し
た次第である。

「練習前からチョコって、なに
考えてんだあんた!」

 いつも賑やかな黒田に案の定
怒られて、達海はニーっとチシ
ャ猫のように笑んだ。

「べっつにいーんだよ、食べな
くても。欲しい奴が食えばいー
んじゃないの? ちなみに俺は
自分が食いたいから買ったの。
だから欲しくない奴にはおすそ
分けなんてしません」
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