Short Story

□ぴんなっぷ・はにぃ
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 いま、日本のサッカー界では、
ひそかに起きている事件があっ
た。
 問題なのは発売されたばかり
の雑誌、サッカーとはほぼ関係
のない、とある写真家の対談記
事に織り込まれた一枚のピンナ
ップ。
 東京ヴィクトリーの持田が自
宅付近の書店で三冊も買い、大
阪ガンナーズの賑やかコンビや
川崎の星野や八谷、山形では監
督の佐倉に伝説のケン様、そし
てあの平泉監督でさえも複数購
入したというその雑誌は、ET
Uの関係者においては全員が二
冊以上を買い求めて書店を巡る
事態となった。
 もちろん、列記した者以外に
も購入者はいるが、とにかくサ
ッカー界としてそれはひそかな
事件だったのである。

「……俺、もう、まともに顔、
見られないかも」

 椿が呟くと、宮野もうなだれ
たまま、俺も、と呟いた。
 ふたりの側には雑誌が開かれ、
まるで自慰を覚えたての中学生
のように写真一枚で大変なこと
になってしまったのだ。
 椿にいたっては勢い余って五
冊も買ってしまったうちの一冊
に、ふたり分の白いものがかか
っている。
 ちょうど、写真の彼の太腿あ
たりに。
 あまりの失態に、椿も宮野も、
激しく自己嫌悪に陥っていた。
 そんなとき。

「おーおー、お前らロッカール
ームで元気いーね〜」
「うわっ! たっ、丹さんっ!」

 ふたり揃ってドヨンとしてい
ると、突然後ろから丹波が現れ
た。
 振り返れば、堺以外のベテラ
ン組のみならず、ETUのキャ
プテンである村越や赤崎、世良
などの若手陣の姿もある。
 ふー……っと意識を失いかけ
た椿を、慌ててモノをしまった
宮野が支えた。
 そんな椿を、沈痛な面持ちで
村越が呼ばわる。

「椿」
「は、はいっ!」

 血の気を引かせたまま背筋を
伸ばした椿の姿に、その場にい
た全員が苦笑を漏らした。

「とりあえず、しまえ」
「え……はぅあっ! ス、スン
マセンっ!」

 まだ丸出しのままだった椿は、
青から赤へと顔色を変え、ひど
く忙しい。
 恥ずかしいやらみっともない
やら、椿はそれ以上口を開けな
かった。

「ギャハっ、安心しろよ、椿。
俺も抜いたから」
「は……ぇえっ!?」

 落ち込む椿を慰めるようとし
たらしい丹波の発言に飛び上が
ると、丹波はニヤっと笑う。

「俺だけじゃないぜ〜? ここ
にいる全員、とりあえずおっ勃
てたのは間違いない」
「えっ、村越さんもっスか!?」

 驚いて叫んだのは宮野である。
 椿が咄嗟に村越を見てしまっ
たのだが、その瞬間、村越はバ
ッと顔を背けたではないか!
 本当なんだ……と、半ば呆然
としていたのだが、よく考える
と当然かもしれない。
 この写真にはそれほどの威力
がある。
 ログハウスのような室内で、
窓から差し込む白色の陽光に照
らされ、写真の真ん中で佇む男
性。
 明らかに自分のサイズより大
きな……いわゆる「彼シャツ」
をまとい、その白い布は光に透
けて彼の細身なシルエットをゆ
るりと浮かび上がらせている。
 彼が着ているのはその大きな
シャツだけで、滑らかな色の太
腿から下は、なまめかしい素肌
が裸足の足先まですらりと伸び
ていた。
 その生足のせいなのか、ほぼ
棒立ちなのにダレているように
は見えず、かといってきちんと
立っているわけでもない姿が、
まるで散々セックスした翌日の
起き抜けのような脱力感を想起
させるのだ。
 そしてなによりその表情が、
あからさまにカメラの向こうの
「誰か」を見つめて微笑んでい
るのが悪い。
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