Short Story

□Thank you for my darling!
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「ゴメンね、僕、すごく好きな
人がいるから君には応えられな
いんだ」

 ――すごい珍しい状況に居合
わせてやしないか、俺。

 飲み切った紙パックのジュー
ス、両手をジャージのポケット
に突っ込んだまま、パックはス
トローを噛んだだけで支えて、
有里からぶん取った自分の部屋
に戻ろうとしていた矢先。
 クラブハウスの前で女性……
しかも結構な美人……に対して
やんわりと、けれど容赦はない
口調で拒んだ、我がETUきっ
てのモテ男ことジーノ。
 達海は思わず目を見開いて、
ついでに口も開いて、その二秒
後にパコっと足元で音がした。

「――タッツミー?」
「えっ……あっ、悪い。邪魔し
た!」

 その軽い音に振り返ったジー
ノに驚いて、ジーノと向き合っ
ていた女性が達海を見るより早
く、クラブハウスの中に滑り込
んだ。
 トットットット……心臓が騒
がしい。
 体を少しだけ丸めて胸を抑え
ると、酷く苦しいような感覚が
あった。

「やべぇ……」

 ぎゅぅぅ、と気管が狭まって
いる気がして、達海は大きく息
を吐く。
 壁に右肩を預けてきつく目を
閉じていると、不意に背後でド
アが開いた。

「……タッツミー! どうした
の、大丈夫?」
「っ!」

 高級な靴音を響かせるジーノ
に左肩を掴まれた達海は、呼吸
が止まりそうなほど驚いた。

「えっ……、」

 だが、弾かれたように顔を上
げた達海を見たジーノも、端正
な顔に驚きを張り付かせて目を
見開く。

「タッツミー、」

 お互いに驚いた顔を見つめ合
っている図はかなりおかしいだ
ろうが、なぜかふたりとも、し
ばしそのまま動かなかった。

「……顔、真っ赤だよ、タッツ
ミー」
「うるせっ、お前が悪いんだろ」
「どうして?」

 わかっていて言わせようとい
う魂胆が見える。
 達海は絶対に言うものかとば
かりに唇を引き結んだ。
 するとジーノはそんな達海の
表情をたっぷりと見つめてから、
クスリと小さく笑った。

「かわいい、タッツミー」
「かわいいって言うんじゃねー
よ、バカ」
「どうして? 本当に、かわい
いのに」

 言葉を重ねるジーノを睨んで
唇を尖らせる。

「かわいいとか言われても嬉し
くねーよ」
「じゃあ、好き」
「……バカ」

 嫌そうな顔を作ろうとしたの
に、やはり頬が熱くて、上手く
いかなかった気がする。
 だから唇を尖らせて尋ねた。

「お前、さっきの女のコ、どう
したの」
「どうって、どうもしないよ。
どうして?」
「告白されたんだろ? 断って
んの、初めて見た」

 言えば、ジーノは少しむくれ
たような顔になる。
 そして達海にずいっと近付き、
高い鼻がくっつきそうなほど間
近に迫ってくる。

「それ、僕が誰かの想いを受け
入れるところなら見たことある
みたいに聞こえるんだけど?」
「……、」

 もちろん、そんな場面に行き
当たったことなどあるはずがな
い。
 けれど、なんとなく、ジーノ
は女性の誘いを断らない気がし
ていたのだ。
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