Short Story

□Thank you for my darling!
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 ズゴーっ、と、ファーストフ
ードの紙コップに入ったアイス
コーヒーを吸い切った。
 窓際のカウンター席、片脚を
ぷらぷらさせながらハンバーガ
ーとポテトを食べて、油っぽい
な、と思う。普段から食事には
気を遣っているのに、今日はど
うしてもハンバーガーが食べた
かったのだ。
 自棄になったというわけでは
ない。
 ただの気分だ。
 けれど、チームメイトが見た
らきっと眉をひそめるだろう。
 持田さんはサッカー選手を辞
めるんじゃないのか……些細な
ことでもあげつらうに違いない。
 うんざりだ。
 パーカーのフードを目深に被
った、人目を避けるような格好
を好むようになったのはいつか
らだろう?

「……あ、」

 苛立ちと焦燥と拭い去れない
自己嫌悪に軽い目眩さえ覚えた
ときだった。
 窓の外の通りに、そこだけく
っきりとした姿が浮かび上がっ
て、持田は咄嗟に椅子を下りて
店を飛び出した。

「達海さん!」

 大声で呼ばわると、いつも試
合のときに羽織っているジャケ
ットがふわりと翻る。

「――持田?」
 年上なのに、まだ少年のよう
な表情で驚くのは、ETUとい
う小さなクラブの監督だ。

「お前、なにしてんの?」
「なにって……飯?」
「そうなの? もう食べた?」
「まぁ、ね」
「ふぅん。なに食べた?」
「ハンバーガー」

 つるりと言ってしまってから、
あ、と思う。
 想像していた嫌なイメージを
達海がなぞったらどうしよう、
という思いが沸き上がったのだ
が。

「へー、いいね。俺もハンバー
ガーにすっかな」

 あっけらかんと言った達海は、
たったいままで持田がいたファ
ーストフード店に目を向ける。

「……いまから食うの?」
「うん。俺、昼飯まだなんだよ。
つーかいまからって、まだ十二
時半だぜ。変な時間じゃねーじ
ゃん」

 きゅる、と達海の腹が鳴って、
その脚が一歩、ファーストフー
ド店に踏み出される。

「あ、そうだ。お前さ」

 持田の横を過ぎようとした達
海が思い立ったように脚を止め
て、思わず肩がいかった。
 やっぱり怒られる……そんな
ことを考えたせいだ。

「ご一緒にポテト頼む派? そ
れともナゲットとかいく?」
「ご一緒はポテトでしょ」
「あー、そっかー。残念」

 身構えたのに肩透かしを食ら
った気分でなんの質問だよ、と
思いながら答えると、なぜか勝
手に残念がられたのが気に食わ
ない。

「残念ってなに」

 我ながら必要以上に刺々しい
口調になったが、達海はそんな
ことにはいっさい気づかない様
子でニヒっと笑った。
 まるで悪戯っ子のような表情。
 持田は自分が狼狽したのを感
じた。

「俺、ナゲットとか頼む派だか
らさ。お前と一緒に食ったら、
ポテトとナゲット、半分こにで
きたのにって思って」

 両方だとくどいじゃん、と悪
びれなく言った達海は、じゃー
な、と軽く手を振って店に入っ
て行ってしまった。
 その、特に気遣うでもなく、
けれど避けるわけでもない様子
に呆然とする。
 持田の脚が悲鳴を上げている
ことに、気づいていないはずは
ないだろうに。
 先の東京ダービーで引き分け
たときから、達海は絶対に自分
を嫌いになったろうな、と思っ
ていた。
 敵チームの選手となど話す機
会もさしてなかろうが、ETU
を追い込んだ自分に、達海のよ
うな勝負師ならプライベートで
も多少の敵愾心を抱きそうなも
のだ。
 というか、自分ならそうだ。
 絶対虐める。
 いや、虐めるというと語弊が
あるか――そう、弄る、だ。

「椿くんとか、ここであったら
泣かしちゃいそうだもんな、俺」

 ただでさえ持田の雰囲気に気
圧されてビクビクしている椿だ。
間近で弄ったらさぞ愉快なリア
クションを取るに違いない。
 だが、すぐに飽きそうな気も
する。

「怒られるかと思ったんだけど
なぁ」
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