Short Story

□Thank you for my darling!
1ページ/5ページ

 おかしい。
 どうしてこんな気持ちになる
のかわからない。
 心臓が破裂しそうで苦しくて、
その場にへたりこんだ。

「あれ、どした?」
「あ……宮野ちゃん」

 具合悪いのか、と覗き込まれ
た椿は、自分がどんな顔をして
いるのかわからない。
 でも、間違いなく真っ赤だろ
うとは思う。

「風邪か?」
「や、違うよ……平気」
「平気って、じゃあそんなとこ
に座り込んでなにやってんだ?」

 ETUの寮、隣室の宮野に言
われるのも無理はない。
 自分の部屋の前でへたりこん
でいれば、部屋にも入れないほ
ど具合が悪いと思われるだろう。

「ちょっと、頭冷やしてんの」
「はぁ。なんで?」
「うん……あのさ……宮野ちゃ
んは、カノジョとかいる?」

 その唐突な問い掛けに宮野は、
うわ、なんか面倒くさい予感、
と思っているようだったが、少
しおかしくなっている椿はまる
で気づかなかった。
 同い年の宮野とは仲がいいの
だが、これまではお互いの恋愛
話などしたことはないのに唐突
すぎることにも、もちろん気づ
かない。

「別にいないけど……え、なに、
もしかしてそういうことで悩ん
でんの?」
「そういう、って?」
「だから。カノジョとか」
「カノジョ?」

 噛み合わない会話を、椿は相
変わらずよくわかっていない。
 宮野が呆れたように肩を竦め
た。

「お前のカノジョの悩みだろ?
別れ話か?」
「えぇっ! ち、違うよぅっ!
いないし、カノジョなんてっ!」
「えー? だったらなんなんだ
よ、さっきの質問」

 問われて、椿はカァっと顔を
赤らめた。

「あ、のさ……なんか……誰か
を好きになるって、どういうこ
とかなぁって思って……」
「はぁっ!?」

 激しい声に、椿はビクンと体
を震わせ、ドアに張り付くよう
な体勢を取る。

「えっ、なんっ……俺なんか変
なこと言ったっ?」
「だってお前、中学生みたいな
こと言ってるってわかってるか?
まさか初恋まだとか言うワケ?」
「初恋って……、」
「女の子と付き合ったことない
のか?」
「こ、高校の時に……ちょっと
だけ」
「なんだよ、あんじゃん」
「ででで、でも!」

 隣の組のコに告白されて付き
合って、かわいいコだったけれ
ども、椿はそのコに引っ張られ
るままで、結局、椿くんて私の
こと好きじゃないんだ、とか言
われてフラれた。
 手を繋いでみたりキスをした
りはしたが、いま思えば触れて
も胸は苦しくならなかったし、
優しくしなきゃとは思ったが大
事だったかどうかは定かではな
い。
 椿の一番はサッカーで、二番
目はなかったのだ。

「は〜ん……お前らしいって言
えばお前らしいか。で、そんな
恋愛オンチがなんでへたばって
んだ?」
「……さ、」
「さ?」

 若干面倒くさそうな宮野が律
儀に問い返して首を傾けるのを
よく回らない頭で眺めながら、
椿は口を開く。

「触られたら、ドキドキする?」
「は、」
「キレイだなって思って見てた
ら……俺に気づいて笑ってくれ
て。それで、ちょっとだけどう
でもいい話して、最後に……顔
赤いの、風邪とかだったら大変
だから暖かくして寝なって……
背中、一回だけ叩いてくれたん
だ」

 話してるだけでなぜかとても
緊張してきて、動揺を悟られな
いようにするのが精一杯だった
椿に、あまり見たことのない柔
らかな表情で気遣ってくれたヒ
ト。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ