Short Story

□Kiss ……→ You
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 むせ返るような花の香りが鼻
孔に抜けて、ぴたん、と蛇口か
ら落ちた水滴が波紋を作る。
 いつもはあちこちに立ててい
る髪も濡れて落ち、不機嫌そう
に唇を尖らせた顔もほんのりと
赤みを帯びていた。

「お前さー」
「うん、なぁに?」

 なぜ自分がこんなことになっ
ているのか露ほどもわからず、
達海は同じ湯舟に浸かっている
やたら容姿の整った男を睨んだ。

「なにがしてーの」
「うん、もちろん、ナニがした
いんだよ?」

 予想外の下世話な返しに驚い
たのは不覚とは言えまい。
 華麗に美麗にをモットーにし
ていそうな男が口にする返しで
はないのだ、絶対に。

「ナニってお前……男同士でバ
ラの花びら散乱してる風呂入っ
てムード満点なベッドでセック
スするとか、ありえないだろ!」

 あまりの動揺からほぼ息継ぎ
なしで言い切ると、達海をクラ
ブハウスから拉致って高級ホテ
ルに連れ去り、無理矢理服を脱
がせてこの風呂に放り込んだ男、
ETU切ってのモテ男であるル
イジ吉田はニッコリと微笑んだ。
 王子ファンの女性たちなら間
違いなく「キャーッ!」という
黄色い声を発すること間違いな
しの完璧な笑みは、しかし、達
海にとってはゾッとするものに
しか見えない。

「セックスすんならクラブハウ
スでいいじゃんか」

 この微妙な距離の関係はジー
ノの誘いから始まった。
 ねぇ、タッツミー。いつもそ
んなに気を張ってて、いつ他の
ことを考えるの――?
 遠征先、試合後のホテルで、
いつもならさっさとトンズラし
て各地にいる女のところに転が
り込むジーノが訪ねてきて言っ
たのはそんな台詞で、疲労と寝
不足が相俟って溜まっていた達
海は麗しの王子様にされるがま
ま夜を明かした。
 ジーノの腕はなるほど、とて
も心地よくて、身を委ねたくな
る気持ちが理解できてしまった
のが敗因だ。
 秘め事であるという非現実的
な誘惑も手伝って、それ以来時
折ジーノと肉体関係を持つよう
になっていた。

「どうして嫌なの?」
「どうしてって、恥ずかしすぎ
て笑うぜ、絶対?」
「ははっ、いまさら恥ずかしが
るところなんてないじゃない。
僕はタッツミーの体の隅々まで
知ってるんだよ?」

 どこが悦くてどこが泣いちゃ
うくらい感じるところか。どん
なキスが好きでどんな顔で僕の
を飲み込んでくれるのかも全部
ね、などと恥ずかし気もなく言
ってのけるジーノの脳みそを輪
切りにして見てみたいものだ、
と達海は思う。

「あのな。こういうのってさ、
好きなコとするイベントじゃね
ーの」

 間違っても肉体関係重視の、
しかも男相手にする演出だとは
思えない。
 呆れ顔を見せながら言うと、
ジーノはニコリと美麗な笑顔を
浮かべた。

「好きなコだもの」
「……は?」

 いま、なにか不可解なことを
聞いた気がする。

「いやだな、いまさらその反応
はないんじゃない?」

 本気で怪訝な顔をした達海に、
ジーノがぱしゃりと乳白色の湯
をかけてくる。

「好きなコだよ、タッツミーが」
「寝言か?」
「寝たいのはそりゃあ、あなた
と寝たいけど」

 言葉遊びか。
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