Short Story

□愛は君だけに
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 後藤と達海が喧嘩をしたらし
い。
 原因はなんだとチーム内で噂
される中、松井には彼等が――
いや、正確には達海が――気落
ちしているわけを知っていた。
 それを後藤に告げてやればい
いのかもしれないが、少しは悩
めばいいという気持ちも正直言
って、ある。
 しかし、日に日に憔悴してい
く達海を目にすると、その度に
後藤を怒鳴りたくなるのだ。
 達海に甘いのはなにも後藤だ
けではない。
 まだ三年目の達海はETU全
員のかわいい弟分で、松井とて
例外ではない。
 もっとも、達海本人は松井た
ちを兄貴だなどとは思っていな
いだろうが。
 ともあれ、いま、後藤と達海
は喧嘩中だ。
 それだけはどうあっても覆せ
ない事実である。




「……」

 達海はぼんやりと空を見なが
ら何度も思い返しては傷つき直
して、その度に自分の中から
『他人』がいなくなっていくの
を感じた。

「……つみ、た……み」
「……」

 誰もいない。
 自分だけだ。
 青空を見つめる瞳は瞬きもせ
ずに、ようやく下ろした瞼の動
きは緩慢である。
 練習を終えて着替えた後に梯
子をかけて屋上に上った。
 大の字で寝転んだ達海は強い
陽射しを受けて汗を掻いていた
が、こめかみを伝う水滴さえ感
覚がない。

「達海!」

 突然掴まれた腕も鈍くしか知
覚できなかったが、数秒遅れて
耳に届いた声にわずかばかり首
を傾けると、見たことがあるよ
うな顔が達海を睨んでいる。
 一瞬誰だかわからすにぼんや
りと見つめたが、やがてその相
手が後藤だと気づいた。

「なにやってんだよ、直射日光
もろに浴びるとか、熱中症で死
ぬぞ、お前!」
「……あー、うん」

 感覚の戻ってきた世界は暑く
て、尋常ではないほど汗を掻い
ていたし、体は重苦しいばかり
だ。
 よいしょ、と上体を起こすと
後藤は酷く怒っているようで、
達海は視線を逸らして掴まれた
ままの腕を払おうとする。しか
し上手くはいかずに、後藤の指
はさらにきつく達海の腕に食い
込んだ。

「なんで避けるんだ」
「なにが」
「もう、一週間も口きいてない
だろ」
「しゃべってんじゃん、練習中
とか」
「達海、」

 後藤の視線を受け止めきれな
い。
 視線を合わせたら、きっと二
度と後藤と顔を合わせられなく
なるだろう。

「怒ってるんだろ?」

 後藤の質問は的外れで、緩く
首を振って達海はふらつく体を
そのままに慎重に梯子を下りた。
 後藤はすぐに後を追ってくる。

「なぁ、達海」

 入口の自販機でスポーツ飲料
を買って一気に飲み干した達海
の腕を、またもや後藤が掴んだ
ときだった。
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