Short Story

□村越さんの休日
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 休日という定義は、その日一
日をどう過ごそうが関係なく、
誰に文句を言われる必要もなく
のんべんだらりと過ごせる日で
あるということだ。
 実際にダラダラするどうかは
別の話だが、そうすることがで
きると思うことが大事ななのだ、
と村越は思っている。
 チームの状態も上向き、穏や
かに迎えられるオフ。村越は久
しぶりに掃除や洗濯をして過ご
そうと思っていた。
 普段全くしていないというわ
けではないが、やはりおざなり
になる部分はあるものだ。とは
いえ、あの、足の踏み場もない
監督部屋よりはずいぶんマシだ
が、男の一人暮らしでめちゃく
ちゃキレイな部屋という方が気
持ち悪いだろう。
 村越は九時に目覚めてから気
の済むまで家事をして、こんな
ところかと落ち着いたのは十三
時になろうかというところだっ
た。
 少し考えた後、埃っぽくなっ
た服を洗濯機に放り込み、シャ
ワーを浴びてからいたってラフ
な服装でマンションを出て、近
所の定食屋に入る。
 そこで鯖の味噌煮定食を腹に
納め、足りない生活用品を補充
しつつ街を歩いていると、よく
知った顔が道端で奇行に及んで
いた。

「なにやってんだ、あんたは」
「ん、あれ、村越?」

 アスファルトに座り込んで、
胡座を掻いているのは間違いよ
うもなく達海だった。
 茶色い髪をあちこちに跳ねさ
せている惚けた顔の監督は、膝
の上にまだ小さい猫を乗せてい
る。

「なーんか懐かれちまってさ。
でも、クラブハウスに連れてっ
たら有里に怒られるじゃん」

 ニヒ、と笑った達海は随分と
無邪気で、いつもとは何かが違
う。なんだろうかと首を傾げて
いると、ふいにその理由に気づ
いた。
 服装が、いつものくたびれた
ジャケットにシャツ、緩いネク
タイとスラックスではなく、黒
のポロシャツにジーンズという、
あまり見ない格好だったのだ。
 ジャージでもなくいつもの服
でもない格好の達海は自分より
若く見えるほどで、ニヒヒ、と
笑いながら子猫を撫でる姿は普
段の達海より自然に映った。
 というより幼く見える……い
や、さすがに失礼か。
 それにしても、だ。

「猫の子二匹……」
「ん?」

 思わず呟いた村越に、達海が
首を捻りながら立ち上がる。

「いえ、別に。で、どうするん
スか、そいつ」
「なんか、捨て猫みたいだしさ
ぁ、飼ってくれる人捜さなきゃ
きゃなーって」
「当てはあるんスか」
「ないから考えてたんじゃん」

 言って唇を尖らせる達海に苦
笑した村越は、ミーミー鳴いて
いる茶色い毛並みの子猫を眺め
て、達海に似ているな、と思っ
た。
 なんとも愛らしいところが、
特に。

「……って、愛らしいってなん
だ!」

 達海には聞こえないくらいの
声で自らにツッコミを入れる。
 三十半ばの野郎を表現するの
に、これ以上不適切な言葉もな
かろう。
 村越はため息をつきながら、
達海と子猫を見比べた。

「……貼紙でもするか」
「え?」
「たまに店とか電柱に貼ってあ
んだろ」
「あぁ……え、村越、手伝って
くれんの?」
「あんたに飼わせたら、たしか
に広報あたりが激しく怒りそう
だからな」

 永田会長の娘は自分たち以上
のワーカホリックで、休むこと
も知らずにETUを盛り上げよ
うと必死だ。
 達海とももちろん親交がある
し、むしろ誰より達海を叱って
いる人物だろう。
 彼女を小学生のときから知っ
ているのは村越も同じだが、元
来女子層から恐れられる傾向に
ある村越は、有里とあまり話し
たことはなかった。

「ニヒヒ、ありがとな、村越」

 笑う達海は子猫を抱いたまま
立ち上がる。
 その無防備さはいつもの不適
な笑みとは違っていて、思わず
心臓が跳ねた。

 ――いかん、これはまずい。

 村越はなぜかそんな予感に襲
われて達海から目を逸らしたが、
なにがまずいのか、自分でも全
くわからなかった。
 そもそも達海は怒りの対象で
あって、かわいいだの抱き締め
たいだの思う相手ではない……
と、考えて頭を抱えたくなる。
 抱き締めたいのか、自分は、
達海を? という自問自答に気
持ち悪くなりながらも、デジカ
メとか広報で貸してくれっかな
ー、などと呟きながら隣に並ぶ
達海の、現役時代より薄くなっ
た肩を見ると胸が苦しくなって
きて、村越は咄嗟に腕を組んだ。
 不用意に抱き締めてしまわな
いように。
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