Short Story

□嵐を呼ぶ男
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 これには訳があるのだ。
 決して趣味ではないし、普段
からこうという訳でもない。
 そう主張したいのは山々だが、
目下取り込み中につき無理であ
る。

「ちょっ、鼻血鼻血っ!」

 ティッシュを箱ごと引っ掴み、
ダバダバと血を垂れ流す椿に近
付く。

「わっ……! ち、近寄らない
でくらはい監督っ!」
「うっせ、鼻血床に落とすな汚
れる!」
「わーっ!!」

 廊下で出会った椿は達海が近
付く程に真っ赤になり、なおか
つ服の袖を赤く染めていき、血
に弱いわけではないのに達海ま
でアタフタする始末だ。

「あれー椿、なにして……た、
達海さんっ!?」

 ロッカールームから出てきた
世良と赤崎、宮野が壁際に追い
詰められて鼻血出し放題の椿と、
見慣れない格好をした達海に釘
づけになっている。

「な、なん……なんつー……!」

 世良が真っ赤になり、赤崎が
絶句し、宮野が口許を手で覆っ
た。

「おーお前ら、ちょい手伝えよ!
椿の鼻血すげーんだ!」

 なのに逃げるんだもんこの子
ー! と、唇を尖らせると、赤
崎が目を吊り上げながら怒鳴っ
た。

「当たり前だろバカ監督ーっ!
なんつー格好してんだ、あんた
はっ!」
「だって、パンツもズボンもビ
ショビショんなっちゃったんだ
よ、仕方ないじゃん」
「だからってアンタ、ジャケッ
トだけって……!」
「だけじゃねーよ、シャツも着
てるし」
「ぎゃーっ! 裾めくんないで
ーっ!」

 ペロン、と珍しく前を閉めた
ジャケットの裾を捲ると、世良
が大袈裟に叫ぶ。

「な、生脚……太腿……すべす
べ……!」

 何故か宮野がぼんやりしなが
ら何かをブツブツと呟いていて、
達海は思わず眉をひそめた。

「宮野、なんの呪文だよ」

 ちょっと気持ち悪いよお前、
と言ってみたが、宮野の目が自
分の脚に向いているのを感じて
なんとなく居心地が悪い。

「……て、待て、パンツもっつ
ったか、いま!?」
「うん、パンツも。なんかさー、
今朝、地震あったじゃん? 着
替えようと思ってパンツとかズ
ボン入ってるロッカー開けた瞬
間に来てさぁ」

 震度、ニ。
 わずかな揺れだが、寝ぼけて
いたせいもあって驚き、積まれ
ていた衣服と共にひっくり返っ
た。
 そこに、テーブルに置いたま
まだった昨日のカップ麺が倒れ
て……

「カレー味だったんだよ」

 全滅の衣類、運の悪いことに
乾燥機まで故障していていた。

「アホか……!」

 悪びれもなく打ち明けた達海
に赤崎が腰砕けになってしゃが
み込んだのだが。

「うっ……わぁあぁぁ!」
「え、えぇっ? なに、なんだ
よ赤崎? え、うわ、お前も鼻
血出てんぞ!」

 突然叫んだ赤崎に驚いて顔を
見ようとするも、赤崎は達海を
避けるように背中を向ける。
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