Short Story

□あんはっぴぃ・ばれんたいん
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「あの……こ、これっ! もら
ってください!」
「……はぁっ?」

 達海は思わず素っ頓狂な声を
上げていた。
 キレイにラッピングされた箱
は間違いなくチョコレートだと
思われる。
 ここ数週間、コンビニに行く
度見かけた箱と同種の包装だ。
 まぁ、チョコレートをもらう
自体は別にいいのだ。嫌いでは
ないし、むしろくれるというな
ら喜んでもらう。
 だが、問題は、だ。
 それをくれるという相手であ
る。

「椿、お前、なに考えてんの?」
「え……? え、えっ? なん
か変ですか……俺!」
「変に決まってんじゃん。お前
がもらう側ってんならともかく、
上げる側な上にその相手が俺っ
て、どんだけ寂しいんだよ」

 呟いて差し出された箱を受け
取る。大きさ、掌より少し大き
いくらいの箱だ。
 しかし、よくもまぁ、公衆の
面前で手渡そうと思ったものだ
と思っていると。

「おう、椿。テメェ、いい度胸
してんじゃねぇか。あぁ!?」
「ひっ……スンマセン!」

 練習後のまだ誰も帰宅してい
ないロッカールーム、ちょっと
キャプテンに確認事項があって
寄ったところで、おどおどした
様子の椿が達海に近寄っていく
のを全員が注視していたらこの
始末だ。
 なにを浮ついてるんだと黒田
が怒るのも無理はなかろう、と
思ったのだが。

「なに真っ先に渡そうとしてん
だ、ゴルァっ!」

 大音量で怒鳴った中身に、達
海は思わず固まる。

「ちょ、黒田? なに言ってん
の、お前も」
「なにって……なんスかっ! 
あんたもあんただ! 大した感
慨もなくなにホイホイ受け取っ
てんだよ!」

 えぇぇ、俺、そこで怒鳴られ
んの、と驚愕する達海に、世良
がガッと何かを差し出してくる。

「監督監督、俺のもっ! 俺の
も受け取って欲しいっス!」
「あぁ!? なに、なんなのお
前ら、今日おかしくない!?」
「達海さん、俺のもどうぞー」

 丹波がギャハーっと笑いなが
ら椿チョコの上に箱を積み、そ
れを皮切りにどさどさとチョコ
が増えていくではないか。

「赤碕、お前までかっ!」
「そーっスよ。はい、これ」
「タッツミー、僕は彼らと違っ
て、馴染みのシェフ特製だよ」
「おい、ジーノ! なに考えて
んの、ほんとに!」

 次々に積まれるチョコの山。
 持ちきれなくなった箱だの袋
だのを、見かねた堺が大きな紙
袋に入れてくれた。

「あぁ、あんがと、堺……ん、
なんでこんな紙袋があんの?」
「今日はこうなるだろうと思っ
て、用意してましたから」
「はぁ!?」

 わけがわからない。

「もー、村越はいないしチョコ
積まれるし、お供えかっ! 拝
まれるのか、俺っ!」
「お供えって。はっ、おもしれ
ー、達海さん」

 石神に笑われた。
 達海はぷぅっと膨れると、大
きな紙袋にどっさり入ったチョ
コを眺めて軽くため息をつく。

「お前らねー、言っとくけど、
お返しとか期待すなよ?」

 これだけ選手一同から貰って
しまっては、ホワイトデーとか
いうイベントがまことに鬱陶し
く思えてならない。
 ひとりひとりに返している余
裕などないので、面倒だからコ
ンビニの袋売り飴でも買おうか、
と今から適当なことを考えてい
ると。

「なんだ、こっちにいたのか」
「あ、村越」

 背後から村越が現れ、ぽふっ
と達海の頭に何かを乗せた。

「……お前もっ!?」
「なんか不満なのかよ」
「不満て言うかだな。ホンット
になんなのお前ら。男同士でチ
ョコとか、引くわ」
「うるせぇ、俺だって引いてん
だよ! けど、椿がだなぁ」
「椿? なに?」

 くりっと椿を見ると、あせあ
せしながら突っ立っていた椿が
途端に背筋を伸ばした。

「あ、あのっ……その、えっと」

 もじもじもじもじ……。
 椿の背後にそんな効果音が見
え隠れする。

「だぁぁーっ! イライラすん
なぁっ! 感謝の気持ちを伝え
たいとかっつってこれ企画した
の、テメェだろうがよ、椿っ!」
「は、はいっ! そうです俺で
す、すんません!」
「え?」

 ぽかん、である。
 達海は真っ赤になっている椿
を見つめ、それからロッカール
ーム全員をくまなく見渡した。

「ほらぁ、バレンタインっても
ともとは、感謝したい人にその
気持ちを伝える日でしょう? 
バッキーがタッツミーに、なに
かプレゼントしたいって言うか
らさぁ」
「そうっス! 感謝の気持ちっ
ス!」
「なんなら、監督ありがとーと
か歌うかって言ったらみんな嫌
だって言うんで、お求め安いチ
ョコにしてみたってわけなんス
よ」
「いや、丹波、俺も歌は勘弁」

 そうツッコミを入れた達海だ
ったのだが。

「……あー……うん。ありがと」

 なんとなく、照れくさい。
 くすぐったい。
 体の芯がモゾモゾする。
 いつものようにニヒーっと笑
ったつもりが、少しだけいつも
より崩れた。
 俺も十分気持ち悪いな、と思
ったが、選手はそんな達海を見
て、それぞれに笑みを見せる。

「椿も、あんがとな」

 そう言って椿の頭を軽く撫で
ると、ただでさえ真っ赤になっ
ている椿が余計に沸騰したが、
なんとなく今はそれすらかわい
い気がして、達海はガシガシと
乱暴に髪をかき回してやった。
 こういうの、結構嬉しいもん
だなぁ、と幸せな気分に浸って
いたのだが。
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