Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【20】
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「ちょっと達海さん!」
「えー?」
「真面目に聞いてるの、人の話
っ!」
「聞いてる聞いてるー」

 嘘だ。
 ぶっちゃけ九割は聞いてない
だろう。
 あー、とか、んー、とかいう
生返事を繰り返している達海に、
有里はキレる寸前である。ブル
ブルと怒りに震える有里が達海
を怒鳴るのも無理はない。
 オールスターの人気監督投票
で選ばれた達海が、何度この件
を説明しようとしても曖昧な返
事で左右にスルーし……ようす
るに全く聞く気がなく、いざ本
番とあいなったのである。
 しかし、なんとなく流れで来
ちゃいました的な雰囲気ではE
TUの看板が泣く。
 サッカー以外のことにやる気
がないのはいつものことだが、
オールスターゲームまでやる気
がないのはどうなのだ。
 有里は達海のお守り役である
後藤が同行していないため、こ
の煮えたぎる怒りを共有する矛
先がないことにいらついていた。
 しかも、引率しなくてはなら
ないのが面倒臭い相手ばかり、
夏木にジーノである。ジーノが
オールスターの話を受けたのは
意外だったが、楽しみでもあり
……そして大いに不安でもあっ
た。
 プレイはともかく、ちゃんと
他のチームの面々とコミュニケ
ーション取れるのかしら、と思
わざるを得ない。
 そんな有里の心配は、初手か
ら大当りだった。


「なぁ、有里、あのパッカん中
ってホントに村越じゃねーの?」
「もう、違うに決まってるでし
ょ? ほら、さっさと来て!」

 グイグイと有里に手首を掴ま
れて入った控室、何故か夏木が
平泉に何かを喚いている。
 有里が一瞬フラっとよろめい
たのを見ながら、なにやってん
だよ、とまるで人事のように呟
く達海は、やっとで姿を見せた
せいか絡み付いてくる視線の数
にほんの僅か怯みかけた。

「お前のところの選手は妙なの
ばかりだな」
「それはお互い様でしょ、平泉
さん。あんたんとこのだってわ
っかんねーのばっかじゃん」

 特に持田とか持田とか持田と
か。
 言いたいことが伝わったのか、
平泉はヴィクトリー戦のときに
感じる内に秘めた刃を鞘に納め
たまま、ふっと口許を緩めた。
 その表情は微かな変化でしか
なく、達海以外の誰も気づかな
かったらしい。
 困った奴だ、と言いたげな顔
を向けられ、唇を尖らせる。
 ぷいっと平泉から視線を逸ら
すと、現役時代からの知人に声
をかけられ、そちらに流れた。
 サッカーが絡まないときの平
泉は苦手だ。気安くもなくから
かい甲斐もない。なのに時々向
けられる視線が妙に刺さる。
 それはどこか持田の視線にも
似て、達海の中の何かをざわつ
かせるのだ。
 もちろん、後藤や村越に感じ
るものとは違う。全く別種の、
だが限りなく近い気さえする何
か。

 ――ヴィクトリーとはとこと
ん合わないってことかね。

 そう思いながらベンチに向か
う途中、思わぬ人物から声を掛
けられた。

「達海さん」
「……城西。どした?」

 いつも優等生なヴィクトリー
のキャプテン、城西が駆け寄っ
てくる。
 現役の時から数えても、城西
とはほとんど話したことがない。
ただ噂で、やたらいい子ちゃん
な発言をするのだと聞くくらい
だった。

「いえ、この前の東京ダービー
の後、持田が何か失礼をしませ
んでしたか」
「ん? なんで?」

 レイプみたいなキスされたよ、
とは言わずに問い返す。
 質問に質問で返すのもどうか
という気がしたが、試合前から
城西がひっくり返るのはいただ
けない。
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