Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【16】
1ページ/4ページ

 苦しそうな姿は見たくない。
 くしゃみや咳だけならともか
く、あんなにぼろぼろ泣いてい
る達海の姿は、腹が立って仕方
がない。
 背負った体が痙攣するほど高
い熱を出しているというのに、
決して自分からは助けてくれと
言わないのがまた腹立たしくて、
後藤は看病している間中むっつ
りと押し黙っていた。
 うつらうつらしている達海は
起きていれば相変わらずの王様
っぷりで、監督の体調不良で自
主練、などというふざけた結果
にならないよう、練習メニュー
を松原に渡してこいだの桃缶が
食べたいだのわがまま放題だ。
 有里はそんな達海をバカだバ
カだとけなしながらも心配そう
で、時々様子を見に来た。
 選手とコーチには達海の部屋
に入ることを禁じて、自分が事
務所で仕事をするときにはマス
ク着用という徹底ぶりのおかげ
か、いまのところ達海以外の風
邪っぴきは出ていない。

「後藤、つまんねーんだけど」
「へぇ」

 冷たく返すと、達海はまだ赤
い顔のまま唇を尖らせ、後藤の
人差し指をきゅっと握ってくる。

「離せ。飯作ってもらってくる」

 言うと、いつもなら軽口で返
してくるはずの達海が簡単に指
を離して、壁の方を向いた。
 きっと本格的に拗ねたのだろ
う。
 そのまま部屋の外に出てから、
後藤は達海に聞こえないように
ため息をついた。
 わかっている。
 いま自分が腹を立てているの
は八つ当たりだ。ずっと見てい
たはずなのに、涙腺が崩壊する
ほど具合が悪くなるまで免疫力
が低下しているとは思わなかっ
た。
 気づけなかった自分への怒り
と自己管理を怠った達海への不
満は半々だが、いま達海に冷た
くしてしまうのはもっと単純な
理由である。
 どうしてもっと早く、辛いと
言わないのか?
 甘えているように見えるのに、
いつだって結局は自分ひとりで
乗り越えてしまう達海が辛いと
言うのを、後藤は聞いたことが
ない。
 嫌だ、などということはすぐ
口にするのに、苦しいとも痛い
とも言わない達海を見ていると、
時折自信がなくなるのだ。
 達海は本当に自分を必要だと
思っているのか?
 勝手に幻想を抱いて、その後
藤の幻想を、達海は演じている
のではないのか。
 そんなことを考える自分を嫌
悪する。
 少なくとも、それで達海に冷
たくするなど、病人に取る態度
ではないではないか。
 本当はもっと優しくしたいの
に、つまらない感情が邪魔をす
る。
 十代の若造じゃあるまいし、
こんなことで惑ってどうするん
だ、と自分に言い聞かせて達海
の部屋に戻ると、達海は相変わ
らず壁側を向いて丸まっていた。

「達海、」
「……っ!」
「え?」

 食堂のおばちゃんに作っても
らった粥を食べさせようと声を
掛けると、達海の肩がビクッと
跳ねて、体が硬直したように見
える。
 その反応に驚いて、肩を叩こ
うとしていた手を引っ込めた。

「達海? どうした、苦しいの
か?」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ