Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【08】
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「もし選手を続けられなくなっ
たら? そうだなー、俺は、E
TUに雇って貰おうと思ってる
よ。笠野さんの脛かじって、再
就職する」
「なんだ、それ」
「面倒見てやるって言ってたし、
コーチとかやらせてくれないか
なって思ってるんだ。とか言っ
て、案外フロントに回されたり
してな」
「コーチねぇ。なんで監督じゃ
ねーんだよ?」
「俺は監督できるほどの器じゃ
ないよ。それ言うなら、お前の
方だろ。広い視野、ゲームメイ
ク、チームそのものの動かし方。
ルーキーのときからは考えられ
ないくらいの進化だ」
「俺は猿かなんかなわけ?」
「猿っていうよりは猫だけどな」
「猫ぉ?」
「あー、いや。ともかく、選手
じゃなくなったら、俺はETU
に戻るって決めてるんだよ。そ
れで、お前が帰ってくるとこ、
守っといてやるから。安心して
行ってこい!」
「……っても、今のお前はまだ
京都じゃんか」
「うっ!」

 バーカ、そう言って、達海は
笑った。
 出発前のわずかな時間。
 いまでも色褪せることのない
言葉を、後藤はくれた。



 バスの中、達海はぼんやりと、
今朝の出来事を思い出していた。
 達海を抱きしめる後藤の力は
強くて、身動きが取れないほど
だった。
 世間話的に話した昔話が、後
藤のどこに触れたのだろう?
 どこか痛いような顔をして、
泣くのかと思ったくらいの顔で。

 ――なんで? 俺、なんか変
なこと言ったっけ?

 後藤のあんな顔は初めて見た。
だから、なんだか達海の方が切
なくなってしまって振りほどく
こともできず、痛いのを我慢し
ながら出発ぎりぎりまで抱きし
められていた。

 ――なんだろ? ていうか俺、
村越と仲直りできたばっかりな
のに、なんでこんな感じになっ
ちゃったわけ? いや、別に喧
嘩してるわけじゃないけど。

 目を閉じて、今朝の会話を反
芻してみる。
 だが、何度考えてみてもよく
わからない。
 後藤ならばあの頃のことも笑
って聞いてくれると思っていた。
それなのに、あんな風に抱きし
められて……。

 ――もしかして、話さなきゃ
よかった? それとも、もっと
早くに話しとけばよかったって
ことか? どっちなんだ?

「……わかんねぇなー」
「えっ! あ、あの、ス、スイ
マセン!」
「あ? おー、椿! いたのか
お前!」
「いました! スイマセン!」

 しまった、今日は椿が隣だっ
た。
 普段なら松原が隣なのだが、
ぎりぎりでバスに乗り込んだ達
海は、有里のちょっとした意地
悪で選手が座っている席に投げ
込まれたのだ。
 隣でガチガチになっている椿
は、顔を真っ赤にして肩を張っ
ている。

「なにお前、もしかして俺んこ
と怖いの?」
「えっ! そ、そんな! 違う
んス、そんなことないス!」

 ぶんぶんぶん、と大きく首を
振る椿がおもしろくて、達海は
ふっと笑う。
 すると、椿は一瞬だけポカン
とし、次いでニコーっと笑った。
まるで仔犬のようで、耳と、バ
タバタ揺れる尻尾が見える気が
する。
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