Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【06】
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「うおっしゃー!」

 達海の声が響く。
 拳を握り締め、勝負師の顔で、
達海の中で渦巻くフットボール
への情熱が牙を向いていた。
 いつも飄々としている達海の
激しい一面は選手達に取っても
刺激的で、高揚感は否応なしに
膨らむ。
 特に、若く幼い椿あたりは地
味ながらも達海が声を上げる時
が一番高ぶるらしく、自分が貢
献していない試合でもニコニコ
している。
 そんな中キャプテンだけは、
ピッチから引き上げる際に監督
から労いの言葉を貰うこともな
く、遠征先のホテル内に着くま
で一言も発しなかった。


「喧嘩でもしたのかい、コッシ
ー」

 ホテルに着いてすぐ、宛がわ
れた自室に入ろうとした村越に
話しかけてきたのは、なんとジ
ーノだった。
 誰と、と言わないのがジーノ
の嫌なところで、村越は返答を
せずにドアノブを回す。

「ねぇ、コッシー。タッツミー
っていつもホテルに着いたら何
してるのかな」
「……部屋で呑んでんじゃねぇ
のか。後藤さんや松さんあたり
と」
「そっかー。タッツミーって呑
める人なんだ。じゃあ、ラウン
ジにでも誘ってみようかな。あ
りがとう、コッシー」

 ひらひらと手を振って歩いて
いくジーノを無言で見送る。
 なんなんだ、と思いながら部
屋に入って荷物を置き、シャワ
ーを浴びてからベッドに寝転が
った。
 ETUは台所事情が苦しいの
で地方遠征のときにシングルが
当たるかどうかはまちまちだ。
まして若手は常にツインで、場
合によってはプラス簡易ベッド
の三人部屋になりかねない。
 村越はキャプテンを任されて
いることもあり、個室を割り振
られる可能性が高く、今日も一
人部屋だ。
 テレビもつけず、ミネラルウ
ォーターを飲んでベッドに転が
る。
 昨日の達海から受けた拒絶を
思い出し、堅く目を閉じた。
 最初に後藤と対峙したときに
言われた、「達海が傷つかない
人間だととでも思ってるのか」
という言葉が何度も渦巻き、苦
しくなる。
 傷つけたかったわけではない
のに。
 村越は、自分の言葉を聞いた
達海が一瞬だけ、今にも壊れそ
うな顔をしたのを見た。
 次の瞬間に腹に喰らった拳よ
り、その表情が胸に突き刺さっ
て抜けてくれない。
 酷いことを言った。
 謝れば許されるだろうか。そ
して自分は、この先も達海に惹
かれる者が現れる度にこんな風
に思い悩むのだろうか。
 達海を疑い、傷つけて?
 そもそも達海の隙に甘えて付
け込み、ケジメをつけようとし
たのを拒否してまで今の関係を
望んだのは村越自身だ。
 それなのに、若い赤崎の熱に
当てられ、馬鹿なことをした。

「……駄目だ、」
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