Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【04】
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 昼間は割とうるさいクラブハ
ウスも、練習が終わってしばら
くすると喧騒も一段落する。
 達海はこの日、久々に無意味
な探索を開始していた。
 最近は練習が終わってからず
っとテレビにかじりついていた
ので、少し息抜きをしようと思
ってうろうろしていると、事務
室で働くフロントの面々の中に
真剣な表情の後藤がいる。
 資金繰りの苦しいETUなの
で、一人頭の仕事量は他のチー
ムより多いのだろう。
 頑張ってるなぁ、と思いなが
ら、会長や副会長、そして誰よ
り有里がいないのを確認し、そ
ろそろと後藤の背後に忍び寄っ
た。その場にいた数人が気付い
たが、彼らには口許に人差し指
を当ててニヒーと笑い、なにや
ら書類に目を通している後藤の
首筋にそっと指先を押し当て、
ついっと縦に滑らせた。

「ンなぁっ!?」
「アハハハ、なんだ、ンなぁっ
て!」
「た、達海! なにするんだ、
お前!」

 突然の出来事に持っていたボ
ールペンを派手に落として、後
藤は首を押さえて達海に向き合
い、不満と当惑が半々の顔をす
る。

「えー、お前だって色々すんじ
ゃん、俺の首狙ってさー」
「な、おまっ……人前で言うな
よそういうこと!」

 後半部分を小声早口で言う後
藤にニマニマしていると、後藤
は「まったく……」と呟くとる
何故か見ていた書類をまとめて
ブルーファイルへと綴じ込んだ。

「あれ、仕事やめちゃうわけ?」
「あぁ、今日はもういい。達海、
飯食い行くか」
「? なんで急に? まだ仕事
残ってんじゃないのかよ?」
「明日やったって変わらない。
せっかくお前がテレビから離れ
て出て来たんだ、外行こう。な
に食う?」
「……んじゃ、お好み焼き」
「よし、行こう」

 さっさと立ち上がり、財布と
携帯を持って事務所を出る後藤
はなんだか楽しそうだ。
 達海としては別に仕事を中断
させたかったわけではなく気ま
ぐれな悪戯だったので、ほんの
一瞬だけ悪いことしたかな、と
思ったが、次の瞬間には「ま、
いっか」と呟いて後藤に続いた。


 十数分後、達海と後藤は何度
か来たことのある近場の店で豚
玉とデラックスを頼み、達海は
お好み焼きを丸ではなくハート
型に整えてみる。

「見て。俺、ハート型に焼いて
みた」

 と後藤に言うと、何故か後藤
は少しだけ切なげな顔をして、
俺にくれたりするのか、と尋ね
てくる。
 ハート型に焼いたことに深い
意味はなかったが、せっかく食
べたくて選んだのだから丸々く
れてやるはずもなく、半分なら
いいよ、と答えると後藤はます
ます微妙な表情になった。

「なんだよー」
「え、なんだよって、別になん
でもないぞ?」
「嘘つけ、変な顔してるじゃね
ーか。ま、話したくないならい
いけどね……あ、俺の半分やる
んだから、お前のも寄越せ」
「ん? ん、ほら」

 カツカツと鉄板を叩く音が響
く。

「久しぶりだな、この店来んの。
十年ぶりか」
「……覚えてたのか」

 後藤が驚いた顔で達海を見詰
める。
 その顔を見て、達海も驚いた。
自分でも、よく覚えてたなそん
なこと、と思ったのだ。

「やだねーお前、俺のこと物忘
れ激しいみたいに思ってんだろ」

 驚いたことを悟られたくなく
てわざとジト目で睨むと、後藤
は慌てて否定し、その必死ぶり
がおかしくてニヤニヤしていた
ら不意に店の引き戸が開いた。
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