Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【02】
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 試合がある日の数日前から、
達海は夜、部屋にこもりがちに
なる。
 繰り返し何本も対戦相手の試
合を見て研究し、対策を練り、
作戦を立てるのだ。
 基本的にそういう夜は他人を
寄せ付けない。というより、他
人に応対しなくなる。
 けれど、息抜きしている時間
を狙って現れる者がいて、達海
を食い尽くしたりするのだから
堪らない。
 しかも、少し前までそんな物
好きはたったひとりだったのだ
が、最近もうひとり増えたのだ。
 どういう意図なのかはっきり
しないが、達海からすると、フ
ラストレーション発散の為に求
められていると思っている。
 過去の達海に抱いた憧れと怒
りを十年経っても引きずってい
る男の深淵にある不条理は、達
海の行動が招いた結果だ。
 拒みきれないのはそのせいで、
しかし、一度限りのことだと思
っていたのに。



「村越、ちょっと来い」
「……なんスか」

 練習終了後に達海が、明日の
練習も楽しみにしとけよーニヒ
ヒ、と意地の悪い笑みを浮かべ
ながら去っていったさらに後、
大半がへばっている中からキャ
プテンを呼び出したのは、選手
からの信頼も厚いGMだった。
 ユニフォームの裾で汗を拭っ
ていた村越は、眉間の皺を隠そ
うともせず、後藤の前に立つ。

「話があるんだ」
「……でしょうね。俺も話さな
きゃならねぇと思ってましたよ、
後藤さん」

 いつもどおりに見えて、そう
ではない。
 ふと、まだ残っていた数人が
行動を止めてふたりを見詰めた。

「え、なんスか、あの雰囲気。
なんかいつもと違うような……」

 今の後藤、村越間には万年元
気印で勘の良さとは無縁の世良
でさえ感じ取れるほどの違和感
が漂っている。

「知るかよ」
「さ、堺さん冷たい……」

 堺がさらっと受け流したもの
の、やはり多少は気になるよう
で、ちらりと視線を投げた。

「後藤さんが村越さんに話ある
なんて、なんだろうな、黒田」
「杉江ぃ! 俺にわかるわけね
ぇだろうが! つーか、なんだ
かわからねぇが、聞きに行ける
雰囲気じゃねぇ……」

 杉江に食ってかかるものの、
単純無鉄砲さが売りの黒田でさ
え呑まれるほどの何かがある。

「椿、もしかしてお前、あの雰
囲気にビビってんのか?」
「……ど、緑川さん! だだだ
だって、なんか微妙な雰囲気じ
ゃないスか!」

 その場の全員が、このチキン!
 という感想を持ち、黒田だけ
は口に出していたころ。
 当のふたりはその他大勢の目
を盗んで人目につかない場所へ
移動していた。

「手短に話すが――もう達海に
ちょっかい出すのは止めてくれ
ないか?」
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