Fantasy

□紅黒ニ秘スル【拾弐】
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「いいよなぁ」
「なにがスか」
「堀田さん。石神さんに嫁ぐら
しいぜ」
「あぁ、年季明けたらって云っ
てましたね」

 夜店間際の客引き窓、清川は
年若い赤崎相手に愚痴をこぼし
ている。
 先程見た、いつもは冷静な堀
田が石神に食ってかかる図、そ
こから見事な急転直下で石神と
堀田は将来を云い交わし、瞬く
間に東都楼中に知れ渡る事実と
なった。
 想い合うふたりの幸せそうな
雰囲気を見ていると、自分もあ
んな風に想われたいなどと埒の
明かないことを考えてしまう。

「お前はいるのか?」
「なにがスか」
「いいヒトだよ……って、お前
の生意気さ許容してくれる相手
とか、いたら菩薩だな。拝むぜ、
俺」
「願掛けに髪伸ばしてるような
女々しい男に云われる筋合いな
いっスよ」
「ほんっと腹立つなお前」
「そりゃどうも」

 赤崎はふん、と鼻を鳴らして
立ち上がり、窓辺の方に歩いて
行った。
 五人ほどが立てる窓辺、そち
らには若くてきれいな芸妓が並
ぶ。
 清川のような中堅の歳に入る
と、客引きを表立ってはしなく
なるのだ。
 窓の外、ちらほら見え始めた
客をなんともなしに眺める。
 十二の歳から廓で育ち、育っ
た廓が組同士の抗争で潰され、
四年ほど前に東都楼に来た清川
は、余所とは違う東都楼の流儀
に戸惑うばかりだった。
 それまで客に脚を開くことだ
けを教えられてきたのに、芸事
や学問までを教えていると知っ
てどれほど驚いたことか。
 おまけに芸妓が恋をすること
に寛容で、偏執的な客を弾いて
いる。
 よく花街で長年やってこれて
いると思っていたが、やってく
るのはなぜか上客ばかりだ。
 そんな店の在り様は後藤が店
主になった二年前からさらに顕
著になり、観察した結果は後藤
の方針には達海の存在が大きく
関わっているようだった。

「よ、清川! どうした、ぼん
やりしちゃって?」

 達海という、かつてこの花街
にひとりしかいない大華だった
男の姿を頭の中に描いていると、
丹波が声を掛けてきた。
 いつも元気な男だ。

「そう云やぁ、最近はガブと犯
ってないのか?」
「ははっ、ガブリエルなら今頃、
殿山さんと仲良くしてるんじゃ
ないスかね?」

 いいなぁ、と思いながら笑う。
 清川は愛されたいのだ。
 だが、誰でもいいならいくら
でも選べるのに、誰でもよくな
いから困っているのである。

「丹波さんは、だれかいいヒト
いるんスか?」
「うは、なんだその質問。突然
すぎんだろ」

 ギャハハ、と品のない笑い方
をする丹波は、よく動く眼をく
るくるさせてから腕組みをして
顎を扱いた。

「いいヒトなー、好きだけど云
えない相手ってんならいなくも
ない」
「え、本当に?」

 心底意外だと思ったのが顔に
も声音にも出て、丹波が苦笑を
浮かべる。
 清川は額をパチンと叩かれた。

「好きになんのは止めらんねぇ
けど、恋仲になるかどうかは俺
だけじゃ決められねぇだろ」
「……意外っス。丹波さんなら
もっとグイグイいくのかと思っ
たのに」

 そんなに慎重派だとは、と言
外に含ませると、丹波はニヤニ
ヤしながら清川の髪を引っ張っ
た。

「そう言えば、最近の警武官は
忙しいらしいぜ。官庁内部での
動きが慌ただしいんだってよ」
「――な、え、なんでそんな、」

 慌てた。
 己でも馬鹿ではないかと思う
ほどに。
 どうしたって気になる相手は
警武官で、同じ歳の男なのだ。
 なぜそれを丹波が知っている
のか、警武官の動向を知ってい
るならもっと聞きたい、彼に嫌
われたわけではないのか……様
々な思いが渦巻いて、清川は完
全に固まった。




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