Fantasy

□紅黒ニ秘スル【四】
1ページ/4ページ

 もともと、杉江は昔なじみだ
った。
 出会いは十年前、黒田は当時
十八で、杉江も同い年だったが、
背丈はいまと変わらず大層な差
があったものだ。
 初めて顔を合わせたときの印
象は最悪。
 それもそのはず、杉江は組の
跡取り息子で、一方の黒田は下
級とはいえ、警武官の家の次男
坊だった。
 あの日、花街一の大華、達海
が襲われた折、黒田は兄に従い
見習いとして現場に行き、下手
人の身柄を押さえた杉江と出会
ったのだ。
 花街での刃傷沙汰はシマを仕
切る組が始末をつけると、下手
人の引き渡しに頑として応じな
い杉江に、黒田は持ち前の気性
の荒さで突っ掛かり、結局は警
武官側と組の者が大乱闘を起こ
す騒ぎとなった。

「……それがいまじゃあ、こい
つの嫁って……うっ、腰が……!
ちくしょう、思いっきり犯りや
がってこのバカがっ!」

 寝台から起き上がろうとした
ものの、まるで腰が立たない。
 黒田は隣で気持ちよさそうに
眠っている杉江の顔を叩いた。

「うぶっ……なんだよ、黒田。
ずいぶん乱暴な起こし方だな」
「うっせぇ! こっちは体中ギ
シギシ言ってんだ、顔ぐらい殴
らせろ!」
「あぁ……悪い悪い。黒田があ
んまりかわいいから、夢中にな
りすぎた」

 くすくすと笑って裸のまま抱
き着いてくる杉江に抱かれて、
黒田は貫通した。
 遊郭にいたとき、父と兄が謂
れのない咎を負わされて家を取
り潰されたことへの怒りで黒田
は酷く荒れており、客に向かっ
て暴言を吐いたり座敷で暴れた
りとおおよそ芸妓らしいことな
どしたことはなかったが、杉江
はそんな自分を根気よく口説い
て体を重ね、あげくにさっさと
遊郭から請け出して正式に婚姻
関係を結んでしまったのだから
凄い話だ。
 正直に言えば、男に抱かれて
気持ち良くなるなど冗談としか
思えなかったし、杉江は雄々し
すぎて入るわけがないと怯えて
いたのだが、とある出来事がき
っかけで杉江に抱かれた日、黒
田の世界観はまるで変わった。
 己はこんなに誰かを愛しく思
えるのか。怒りも憎しみも抱え
ていたし、それを失いはしなか
ったが、色褪せていた世界が急
にくっきりとした輪郭を持ち、
視界に鮮やかな色彩が溢れた。
 その中心には、黒田に愛を囁
き続ける男。

「なぁ、昨日、村越さん来てた
ろ。なんかわかったのか?」
「ははっ、黒田は本当に村越さ
んが好きだよな」
「ぁあ? なっ、なに云ってん
だお前!」

 好き、という言葉に反応した
黒田に、杉江が笑う。

「悪い、好きじゃなくて尊敬だ
よな。黒田が好きなのは俺なん
だし」
「お、おぅ……って、はぐらか
してんじゃねーぞコラァ! 一
応俺だって達海さんにゃ恩義が
あるし、警武官の連中に多少の
ツテもある。それに……お、お
前の役に、立ち、たい……って、
なに云わせるんだテメェ!」

 自分で勝手に云ったのだが、
慣れないことはするものではな
い。
 黒田は一気に赤くなり、杉江
がそんな黒田の頬を挟んで口づ
けてくる。
 鼻先を擦り合わせ、やわらか
く強く抱き締められて、黒田は
唇を引き結びながら、照れ臭く
て杉江の顔など見られはしなか
った。

「黒田がそんな風に考えてくれ
てるなんて、初めて知ったな」
「悪かったな、柄じゃなくてよ」
「そんなこと云ってないだろ。
嬉しいよ」

 まだ軋みを訴える体を杉江の
手で起こしてもらい、寝台の奥
側、壁に背を預ける。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ