Fantasy

□紅黒ニ秘スル【八】
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 世良はザバッと湯に体を沈め
て、肩どころか鼻の下あたりま
で浸かると、山井の指摘を思い
出して心臓が苦しくなった。
 腰つきがやらしく……そんな
からかいに、心当たりがあった
からだ。
 少し前、世良には男ができた。
 しかも、よりによってふたり
もだ。
 まるで達海の様だと思いつつ、
どちらも好きな己を抑えられな
い。
 夕べ寄った東都楼でそのふた
りに犯された体が、いやらしく
ないはずがないではないか。

「……世良くん?」
「……あっ、と、殿山さん居た
んスか!」

 夕べの激しい情事を思い返し
てますます赤くなっていると、
山井と同じく近所に住む殿山が
いた。
 相変わらずの陰の薄さである。

「うん……どうしたの、入った
ばっかりなのに顔真っ赤だよ?」
「うっ……、」

 心配そうに尋ねてくれる殿山
の視線が痛い。
 世良は視線を逸らしながら、
ふと気になって殿山の体を眺め
た。

「な、なに?」

 じっと見つめるとわずかにた
じろいだ殿山だったが、世良は
お構いなしに上から下まで眺め、
次いで殿山の顔を見つめた。

「世良くん!」
「えっ、あ、スミマセンした!
ただ、キレイな体だなーって思
って」
「キレイって……全然、普通だ
よ」
「普通じゃないっス! ほら、
俺、こことか傷痕あるし! ガ
キの頃のいまだに消えないのと
か!」

 ここ、と見せた太腿には幼い
頃に柵によじ登って遊んでいた
ときに足を踏み外して板で擦り、
ざっくりと肉をえぐった痕がう
っすら残っている。
 髪に隠れてはいるが、左の額
にもわずかに切り傷があるし、
そもそも花屋家業のせいか、手
にはいつも傷をこさえていた。

「いーなー……」
「せ、世良くん……男の子なん
だから、気にしなくていいと思
うよ、そんなこと」

 殿山の優しさがまた羨ましい。
 達海のようにとはいかないま
でも、せめてキレイな肌が欲し
いなどと、女子ではあるまいし、
と己を笑うが、欲しいものは欲
しいのだ。

「……えーと、あ、今日はガブ
くんに会った?」
「え、ガブっスか? や、今日
は見てないス。昨日なら、清川
さんとこで会いましたけど」
「清川くん? ……ガブくんて、
清川くんのこと、大好きだよね」
「はぁ……、ん?」

 あれ、殿山さんてもしかして。
 そう思ってチラリと見ると、
殿山は世良の視線に気づいて苦
笑を浮かべた。

「違うんだ、僕は別に好きな人
がいるし」
「えっ、あれ、そうなんスか?」

 この答えは意外で、キョトン
と見つめる世良だったが、しか
し殿山の目に少しの寂しさが滲
んでいるような気がして眉根を
寄せた。
 留学生としてやってきたガブ
リエルの史学の師であり、いつ
も彼の面倒を見ている殿山は、
陰は薄いが頭のキレる男で、東
都楼で世良もよく会う。
 お互いに仕事をしに行ってい
るのだが、いつも殿山にくっつ
いているガブリエルはいつの間
にか清川のところに入り浸るよ
うになっていた。

「世良くんは、どう? 上手く
いってる?」
「えっ、あー……」

 話題を変えようとしたらしい
殿山の質問がまた絶妙なところ
を突いて、世良は再びブクブク
と湯に沈む。

「堺さんと、好き合ってるんで
しょ?」
「そうなんスけど。その……俺、
緑川さんのことも好きになっち
ゃって、それで昨日、なんか成
り行きに流されたら三人で色々
しちゃって……」
「……えっ、緑川さんて、帳場
の? 三人でって、なんで!?」

 驚くのも当然だ。
 というより、きっと殿山は勘
違いしているのだろうが、堺は
世良に対して、決して受け身な
わけではない。
 世良は堺に抱かれたし、それ
はとても自然で心地よかった。
 ただ、達海が後藤と村越に対
して均等に抱かれる立場なのに
対して、堺は普段、客に抱かれ
る側なのである。
 実際、世良を抱く堺を緑川が
犯したりということが、夕べあ
った。
 もちろん、緑川は緑川で容赦
なく世良を抱くし、普段は抱く
方の堺が、夕べは自ら世良を飲
み込んだ。




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