Fantasy

□紅黒ニ秘スル【六】
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 異国の血が混ざっていること
を、特別なことだとは思わない。
 ただ、ほんの少し顔立ちが派
手だったり、母親から継いだ異
国の文化のおかげで物の見方が
違ったりすることで、周囲から
特別扱いされる。
 だからいつしか余所向けの顔
を、派手で女好きな道楽者とい
う形にし、己の真実を隠して生
きてきた。
 奇抜なことをしても、異国混
じりだからと侮られて終わる。
 そうして侮らせておいてから
喉元に噛み付けば、相手の痛手
はなお深くなるというものだ。

「でも、貴方は違うんだもの」
「当たり前だろ? 俺はお前の
商売相手じゃない。立ってる場
所が違うんだから、公平なんて
ことは有り得ないし、そもそも
不公正で初めて出来上がる関係
だろ、芸妓と客は。違うか、王
子様?」

 紅い着物、黒の蝶。
 いつも似たような柄の女物を
まとう芸妓の達海は、三弦を柔
らかく奏でながら答えて、ジー
ノに笑みを見せた。
 凛と澄んだ、深みのある音色
が心地いい。
 加えて、このこぢんまりした
離れの屋根を打つ雨音が彩りを
添えている。

「そこまで言い切られると切な
いよ、タッツミー」
「切ないって……俺には指一本
だって触れないお前が言うこと
か?」

 三弦を鳴らす弓、押して引い
て、張り詰めた弦を揺らす手元
を見つめる。

「嫌だな、本当にわかってない
んだから。男が触れない理由は、
二種類なんだよ?」

 相手に全く興味がない時か、
本気で愛して大切にしたい時か。
 ジーノはこの離れで一番気に
入っている古めかしい椅子に腰
掛け、寝台であぐらをかきなが
ら子をあやすような音を奏でる
達海をじっと見つめた。

「誰とでも寝るくせに」

 笑う達海の言葉は浮気を責め
る女のようだが、責めてくれる
べき愛情などジーノには持って
いないと知っている。

「寝ることと心は別だってこと
は、貴方だって知ってるでしょ
う」
「バカ、知らねーよ、そんなこ
とは」

 俺は己の心も体も、今生の全
てを愛しい人に捧げるって誓っ
たから、と云って胸元に手を当
てる達海は確かに他の男のもの
で、二度目にこの離れを訪れた
時、達海は客ではない男と深く
まぐわっている最中だった。
 睦み合うふたりの吐息、逞し
い男の腰に絡んだ達海の脚。
 入ってきたジーノに気がつか
ないほど夢中で愛し合う姿は、
それまで本当の意味では見つけ
ることができないでいた愛とい
う言葉の意味をジーノに見せつ
け、以来ジーノは達海を見つめ
ることに至福を感じるようにな
った。
 愛はいつでもそこにあるのだ
と体言するような達海に惚れて、
けれどそれは他人のものである
からこその恋慕のように思う。
 唇を触れ合わせることさえ拒
むのに、客が達するまでその滑
らかな肌を貸してくれたりする
達海。
 愛も恋も決めた男にしか与え
ないのに、寝台の上ではまるで
ただの淫売のように振る舞う達
海に、ジーノは惚れたのだ。

「胸を吸わせてって云ったら、
簡単に着物を開けるのは誰?」
「お前のは単に、母親に甘える
童子と一緒だ。赤ん坊に乳を吸
われて喘ぐ母親がいるか?」
「ひどいな、よりによって赤ん
坊扱いなんて」
「ははっ、たいして変わんねー
だろ。吸っても出ない乳しか触
らないんだから、お前は」

 触りたいと云えば体中触らせ
てくれるのに、肝心なことをさ
せてくれない達海相手に欲望を
たぎらせることほど虚しい話も
ない。
 ジーノはそれをよく理解して
いるからたまにしか触れないし、
触れても己の理性が利くところ
までと決めている。
 肉体的な発散はジーノを性欲
の対象として見ている女性達で
済ませばいいので、達海と会っ
た後はたいてい誰かのところに
転がり込むことになるが、優し
い彼女達がジーノを拒んだこと
はなかった。

「本当、わかってないんだから」

 クスクスと笑って、三弦を弾
く指を眺める。




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