Fantasy

□紅黒ニ秘スル【伍】
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 きらきらしていた。
 まるでお星様みたいだ、と思
ったことをいまでも鮮明に覚え
ている。
 燈籠の明かりが辺りを彩る花
街で、わずかな宵に紛れて窓辺
に立ち、あの人はいつも泣いて
いた。
 声も出さず、空に浮かぶ月を
眺めて、ほんの一筋だけ涙をこ
ぼす人。
 とてもきれいで、けれど笑っ
たらもっときれいだろうと思っ
ていたときに観たあの人の舞。
 目に焼き付いた紅は、あの人
の色。
 ずっとそう思っていた。

「……達海さん、帰ってきてん
の? 本当に? いつの話?」
「なんだ、ずいぶん嬉しそうだ
な、持田」
「嬉しいよ。へー、十年も行方
眩ませてたのに、帰ってきたん
だ。どこにいるの?」

 平泉の私邸、呼ばれた早々切
り出された達海の帰還に身を乗
り出すと、いつもは冷静な顔を
崩さない男が眉間にシワを寄せ
た。

「わかっているのか? 私がお
前を呼んだということは、達海
を黙らせろということだ」
「殺せって云わないところがあ
んただよね。いいよ、黙らせた
後にあの人くれるってんなら引
き受けるけど」

 あの頃は窓の下で見上げるこ
としかできなかった人だが、い
まの持田なら手が届くはずだ。
 遊郭の意味を知る年頃にはす
でに達海はあの窓辺にいなかっ
た。

「お前がそんなに達海に執着し
ているとは思わなかった」
「なに、仕事に影響すると思っ
てるわけ? 残念ながらそんな
にかわいい性格してないよ、俺」

 平泉から汚れ仕事を請けるよ
うになったのは、達海がいなく
なって少しした頃だった。
 いや、最初からこういうこと
ばかりをしていたわけではない。
もともとは平泉の警護として、
護衛主官の任に当たっていたの
だ。
 だが、昨年、任務中に負った
怪我が元で護衛主官の任を解か
れた。その後はただの護衛官と
して別の任に当たっているが、
平泉には私事と断りを入れられ
た上での仕事を与えられている。
 平泉が目指す国造りは持田も
共感するし、狡っ辛いやり方の
不破よりは冷静な判断力のある
平泉に雇われていることは持田
にとっても好条件だ。
 多少の汚れ仕事など、持田は
気にしない。
 自分のしていることは私欲で
はないのだ。大義の為に多少の
犠牲は厭わない、などというも
のではない。
 いつ自分が切り捨てられるか
わからないなら、自分に価値が
認められるうちは役割を果たす
べきだ、と思っているだけだ。

「……もし、達海が、」

 ポツリと呟く平泉の声には、
迷いと躊躇いが感じられる。
 持田は、平泉が自分以上に達
海に執着していることを知って
いた。

「なに?」
「……いや、いい」

 云いかけて止めるのは平泉ら
しくない。
 その戸惑いに苛立つ。
 達海がいったいどんな情報を
握っているのか、十年経ったい
までも平泉に確証はないのだ。
 唯一わかっているのは、あの
村越の父親を押し退けて武官頭
になった達海の母親が殺される
直前に達海に何かを残したとい
うことだけである。
 達海の母親は長年に渡って、
内官の不正を調査していた。

「なぁ、平泉さんはさ、抱いた
んだろ?」

 誰を、とは云わなかったが、
達海のところに通う平泉の姿を
何度も見ている。
 あの紅が意識の中にちらつい
た。




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