Fantasy

□紅黒ニ秘スル【壱】
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 ひらり、

 ひら、ひらり

 舞う裾の様を蝶のようだと陳
腐な言葉で評した男に肌を許し
た。


 はらり、

 はら、はら

 夏咲きの紅い華、化粧の匂い
は甘すぎると言って一輪を贈ら
れ、最奥まで招き入れた。


 芸と身を売る芸妓の分で慕わ
しいと思うなど、おこがましい
とは言われるまでもなく。
 細い喉を反らして鳴く姿に微
笑んだヒトの、真摯な声に何度
も何度も頷いた。
 背に落ちた唇に身を震わせて
雫をこぼし、蕩けてなくなって
しまいそうになった。
 約束を違える気など一寸しも
ない。

 ――俺の全てを上げる。

 貴方を欲しいとは言わないか
らと、独りで勝手にした約束。
 だからいつも何も言わずに寝
間を出て、独りで明け方の空を
見つめては流れる雫を手の甲で
拭った。

 だがそんな日は、既に遠い――



「達海さん」

 声を掛けてきたのは達海が最
近掴んだ新しい客で、三日と開
けずに通ってくる。
 達海と寝たくて仕方ないのだ。

 ――まだ若いのに、こんな枯
れ華と寝たいなんて変な奴。

 男を抱くか女を抱くかは人の
好み、婚姻も違法ではないが、
偏見は根強い。
 小店ならともかく、大店や役
人の間では家が重要視されるた
め、後継ぎを作れぬ同性婚は反
対されるのが常だ。
 長男と長女の婚姻も論外であ
る。
 ただ、女が家を継げないとい
う慣例はないため、割合女同士
の婚姻については緩い。
 胤さえあれば実子を望めて、
腹の子が実子でないことは有り
得ないからだ。
 そんな緋之国の事情を鑑みて
も、この若者が見せる達海への
欲望はあまりに強く、大変珍し
かった。

「なぁ、椿。お前なんでそんな
に俺がいいんだよ。犯りたいな
らもっといいのが揃ってるぜ?」

 客も呼び捨て、もしくはあだ
名呼び。
 我が儘で気まぐれで、琴と三
弦、唄は名手だが舞は舞わない。
人を食った話し方と時々まるで
聞いていない様子、既に三十の
半ばを迎えるにしては幼すぎる
勝ち気な表情と、濃厚な色気を
醸し出す、熟れた、しかしどこ
か固い果実を思わせる肢体が男
たちの口の端に上る。
 甘く囀る、芳しい華――達海。
 芸は売っても身は売らずに、
時折無理に脚を開かせてくる男
もいるが、店で雇っている仕杖
に阻まれ、雄に傷をこさえられ
るところまでは至らない。
 何人もの芸妓を抱える老舗の
遊郭にあって、まだ初物だとの
噂もあった。

「達海さんがいいです。貴方を
抱きたい。貴方に触れたいんで
す」
「……どうあっても此処に入れ
たいわけか」

 だらし無く着崩した着物の裾
を開いて、下着もつけていない
秘所を椿の目に晒す。
 見せること自体に抵抗はない。
 若い椿の喉がゴクリと鳴った
が、若くもみずみずしくもない
達海の体に欲情する意味がわか
らない。
 達海は化粧などしないため、
紅も引かない唇を尖らせ、後ろ
頭を掻いた。

「あっ、こら、触るな。入れさ
せないからな」
「触るだけです」





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