Short Story 2

□もう、待たない
1ページ/5ページ

 冬が近い。
 というより、最近急に冷えて
きた。
 ズッ、と鼻をすすり上げて、
マフラーを引き上げる。
 口元まで覆うと、冷え切った
頬が風から守られてほんの少し
だけ温度を取り戻したが、剥き
出しの耳が取れそうな程に痛い。
 東京の空の下だというのに、
寒風が吹き付けてくるのはどう
いうことか。
 とにかく寒い。
 ブルリ、と震えた瞬間、赤崎
の肩がポン、と叩かれた。
 遅い、と文句を言うべく口を
開く。
 しかし。

「……ごっ、とう……さん」

 待ち人ではないと気づいたの
は、振り返った目線に入ってき
た肩の高さがかなり高い位置に
なったせいだ。
 後ろに立っていたのは、赤崎
が所属するサッカーチームのG
M、後藤だった。

「よぅ、赤崎。デートか?」
「デッ……!!」

 デート、という単語に思わず
過剰反応をしてしまいそうにな
ったが、かろうじて堪える。

「……ェト、じゃないっス」
「あれ? そうなのか? 今日、
出かけるってはしゃいでたのに」
「はしゃいでた? 誰がスか?」
「もちろん、王子が」

 王子が?
 まさか!
 と、赤崎は内心で否定する。
 自分と居るときの王子ことジ
ーノは、本当に王子様なので、
赤崎ごとき庶民には考えも及ば
ない行動をしてのけ、赤崎はた
だただ翻弄され、困惑し、苛立
ちを覚えるのみである。

「ははっ、その顔! まさか!
って感じか」
「もちろんっスよ」
「本当だぞ? 俺に向かって散
々のろけてた」
「後藤さんに? っつーか、の
ろけるって何っスか。別に俺と
王子は……」
「まぁまぁ、俺や達海にまで意
地張らなくていいから」

 いなされて、赤崎は思わず最
大級の罵詈雑言を後藤に浴びせ
た……もちろん、心の中で。
 いくら後藤と達海が十年越し
の愛を成就させて幸せいっぱい
状態だとしても、あの意味不明
な王子様と自分がさも恋人同士
であるかのような扱いをされる
のは心外だ。
 まぁ、それならばなぜ、毎回
ジーノに呼び出される度、律儀
に出てきたり食事や買い物に付
き合ったり、あまつさえ王子の
家に行って気づけば裸で巨大な
サイズのベッドに横たわってい
るのかと問われると返答に窮す
るのだが、それはあくまで赤崎
の事情であるので、ジーノと恋
愛関係であるかどうかはまた別
の話である。
 なにしろあの遅刻魔は、いつ
もいつも赤崎を苛つかせるばか
りなのだから。

「……そういう後藤さんこそ、
私服じゃないスか。いーっスね、
四十目前の男がようやく掴んだ
春とか」
「お前、本当に可愛くないな」

 シレっと言ってやれば、後藤
は思い切り顔を顰めた。
 その答えで、後藤は別に達海
と待ち合わせをしているわけで
はないのだと思う。
 デート、というわけではない
のか、と思うと、もう若くはな
い後藤と達海の不思議な距離感
が思い起こされた。

「休日なのに、ひとりで買い物
スか?」

 王子からの指定は思い切り買
い物コースを楽しむ気だとしか
思えない場所で、思えば確かに、
達海がこんなところに出てくる
とは思えなかった。

「まぁな。家具、新調しようと
思って」
「家具? まさか、椅子っスか」

 王子の椅子大好き病が伝染し
たのかと思って尋ねると、後藤
は視線を泳がせて、あー……、
と言った。

「……?」
「……ベッドを、な」
「ベッド?」
「……せめて、ダブルにしよう
と思って……」

 ゴニョゴニョと声のトーンを
落として呟く後藤の言葉に、赤
崎は一瞬、なぜ後藤の歯切れが
悪いのか理解できなかった。
 後藤は他のチームメイトと比
べてもかなり背が高いし、そう
いう点で言えば大きなベッドは
不思議ではあるまい。
 だが、ふと以前、腰をさすっ
ている後藤にどうしたんスか、
と尋ねて「達海の寝相が悪くて
ベッドから落とされて、なんだ
かゴチャゴチャしてるDVDが
腰やら背中やらに……」という
話を思い出した。

「無理っスよ! あの達海さん
部屋にダブルは無理っス!」
「俺のマンションのベッドに決
まってるだろ! あの部屋にダ
ブルが無理なことくらい俺が一
番よく知ってる!」

 思わず言い切った赤崎に、後
藤が即座に反論してくる。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ