Short Story 2

□この手の中の幸せを
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 ずっと、中継やスタジアムで
見ていた。
 手に汗を握って、彼のプレイ
に魅せられている時間は堪らな
く充実していた。
 高校、大学とそれなりの実績
を残してきた自分には様々なチ
ームからオファーがあったが、
結局、選んだのは彼がいる場所
だった。
 もうすぐ、あの人のいる所に
行ける……その思いが、卒業を
目前に控えた頃、大きく胸に広
がっていた。



 しかし。



「……達海さんは?」
「まだ寝てんじゃねぇ?」

 同期は、もう諦めているとい
うように肩を竦める。
 村越はヒク、と口元を引き攣
らせてから、ギュッと眉を吊り
上げた。

「またか!」

 思わず声が大きくなるのを堪
えられない村越に、先輩である
松本が笑った。

「諦めろ、村越ー。あいつは基
本、どうしようもないから」
「どうしようもないって……」

 ケラケラと笑う松本に対して
深作の方は若干おもしろくなさ
そうだ。

「松本さんがそういう風に甘や
かすから、いつまでたっても直
んないんじゃないのか? せっ
かく、甘やかしキングの後藤さ
んが移籍してあいつの自立が促
せるかと思ったのに……」
「後藤さんなー。あの人、バカ
みたいに達海に甘いもんな」

 笑う松本の言葉は、幾度とな
く聞いた。
 今年、京都に移籍した後藤。
 彼は生活の基本がだらしのな
い達海の世話係だったらしく、
達海の話には必ずセットで出て
くる。
 後藤が移籍して、まだひと月
と経っていないせいかもしれな
い。
 後藤の話は現在進行系で、村
越はそれが面白くない。
 面白くない理由は、自分でも
まだ見つけていないのだが。

「つーか、寮の奴が起してから
来いよ」

 深作の提案には、寮に住んで
いる連中が一様に首を振った。

「冗談ですよね!?」
「無理ですよ! あの人起こす
なんて!」
「無茶言わないでくださいよ、
深作さん!」

 そんな抗議の声に、深作も無
理なことを言ったと自覚したの
か、スマン、と謝る。
 何度か、寮暮らしの連中で起
こそうと試みたことはあるのだ。
 けれど、達海は布団にくるま
ったまま、なにか妙な色気……
色気というのもどうなのだ……
を発していて、起こしに行った
者が泣きそうな顔で部屋を出て
くるという事態になった。
 どうやらそれに堪えられたの
は、例の後藤だけらしい。
 後藤の目には、どうやら達海
が弟のように見えているらしく、
それ以上に発展することがなか
ったのが奇跡だと松本が苦笑い
をしていた。
 ちなみに村越は、まだ達海を
起こしに行ったことはない。

「どうすんだよ、このままだと
遅刻だぞ、あいつ」
「駒さんはともかく、松さんと
かが怒るぞー。面白くて俺らが
笑い死ぬからなんとかしねぇと」

 深作の言い分は酷い。
 そしてふと、松本の視線が村
越に向いた。

「……なんスか?」
「お前、迎えに行ってこいよ」
「はっ?」
「だってお前、堅物っぽいしさ。
あいつの無茶苦茶な色気にも屈
しなさそうだし」
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