Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【56】
4ページ/4ページ

 結局は、達海を愛してしまっ
た。彼はもう、女性を抱けない
だろう。
 そうさせてまで達海を我が物
にした後藤だが、もちろんそれ
を後悔することなどない。
 達海は何があっても、後藤の
パートナーだ。
 あるいは後藤だけのパートナ
ーではないからこそ、こうまで
恋慕は膨らむのかもしれないが。

「……村越め」

 村越がいなければ、きっと達
海とはもっと、甘くて穏やかな、
けれどどこか淡々とした日々が
続いたろう。
 達海は緩やかに後藤に気持ち
を傾けて、けれど今ほど強くは
想わなかったかもしれない。
 そう思うと、村越の存在が達
海の中の愛情や恋情の微かな炎
に油を注いだと言ってもいい気
がして、後藤は少し面白くない。
 村越の存在は確かに、達海を
変えたのだ。
 きっと、自分だけでは達海を
愛の虜にできるほどこちらに惹
きつけられはしなかった。
 それが悔しい。

「え?」
「いや、なんでもない。ほら、
もう帰れ」
「は、はいっス! あれ、後藤
さんは……?」
「俺はコンビニ」

 達海の飯を買いに、とは言わ
ない。
 それは後藤だけが知っていれ
ばいいことで、かつ、それを誰
かに知ってほしいとも思ってい
ないのだ。

「じゃあな。あんまり興奮しす
ぎるなよ」
「……!」

 いくら釘を刺したとしても、
椿は達海の体を想像するだろう。
 それはもう、人の頭の中まで
支配できないのだから仕方がな
いことで、かつ、相手はあの達
海だ。
 見ただけで魅了されるその姿
を焼き付けた脳が、彼の姿を描
かないなどということが有り得
るとは思えなかった。
 そんな後藤の言葉の意味を理
解したらしい椿は、ジャキン!
と背筋を伸ばすと、敬礼でもし
そうな勢いで腰を折り、そして
失礼します! と言い置いて走
っていった。

「元気だなぁ」

 クスクスと笑う自分をだいぶ
達海に似てきたかもしれないと
思いながら、後藤はコンビニへ
と急いだ。
 きっと、試合のDVDに夢中
で自分が部屋に入って卵サンド
を置いていったことにも気づか
ないだろう達海に食事を届けて
からもう少しだけ仕事をして帰
ろう。
 そう思って達海の部屋に行き、
卵サンドとサラダとフライドチ
キンの入った袋をそっとテーブ
ルの上に置いてから事務室に行
った。
 当然ながら、達海は後藤が部
屋に入った気配にも気づかず、
目の前のローテーブルにコンビ
ニ袋を置いたことにも気づかず
に画面だけを食い入るように見
つめていた。
 それから仕事をする。
 パソコンと資料と向き合い、
自分も熱中していた。
 しかし。

「……え、」

 不意に、トン、と肩に何かが
乗って、後藤は驚いて顔を上げ
た。

「達海?」
「……あんがと」

 卵サンドの礼だと気づくまで
にかなりかかって、けれど、こ
み上げてきたのは、こいつは俺
を殺す気か、と思うほどの愛し
さだった。
 無言で隣に座って、人の肩に
頭を乗せて、唇を尖らせながら
のありがとうなんて、かわいい
以外のなにものでもない。
 後藤はグッと拳を握って、


 山形戦の後のラウンドに絶対
参加してやる、と決めたのだっ
た。





.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ