Silent Sweetheart 【41〜**】

□Silent Sweetheart 【68】
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 後藤はその日、有里を元気付
けるために嘘を言った。
 いや、嘘ではないが、それは
後藤の本心ではなかった。
 今は仲間なんだから、などと
割り切ったようなことを言って、
その実心の中では

(じゃあ、恋人としてはどうな
んだ?)

 という不安がよぎった。
 なんのかのと言って、後藤は
未だに達海の過去に触れていな
い。
 触れなくともよいと思ったし、
過去よりもこれからの絆を大切
にしていきたい。なにより、達
海は聞けば教えてくれると言っ
たので、その言葉を信じていた。
 だというのに、この不安な気
持ちはなんだ。
 いつか達海が自分を……自分
たちを置いて、またフラリとど
こかへ旅立ってしまうのではな
いか。今のように毎日顔を合わ
せることができなくなって、傍
らにいることができなくなって、
知らないうちに音信不通になっ
てしまうのではないか。
 そんな思いが、後藤の中には
ある。
 村越はどうだろう?
 達海の代理人が来て、話すら
聞かなかったとはいえ、達海に
ETUより条件のいい話を持っ
てきたと知ったら、どういう反
応を示すだろう?
 そう思うのと同時に、できる
ことなら村越に余計な不安を抱
かせたくない、というGMとし
ての心情も働いた。
 達海を愛する者同士、この不
安を共有したいという思いがあ
る一方で、だ。
 どちらが本心なのか、この不
安をどう解消すればいいのかわ
からずに、後藤はデスクに向か
う。
 しかし、当然ながら仕事に身
が入るわけもなく、キーボード
の上に乗った指先だけが上滑り
していく。
 後藤は重く溜息をついて眉間
を揉んだ。
 次の試合に向けて策を練って
いる達海の邪魔をしたくない。
 すでに切り替えて仕事をして
いる有里を見ながら、煮え切ら
ないのはいつも俺だな、と思っ
た。

「有里ちゃん、ちょっと外に出
てくるな」
「あ、はーい」

 後藤は、切り替えるために少
しばかり気分を変えようと思っ
てクラブハウスを出た。
 するとそこに、リチャードの
姿がまだあるではないか。




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