Silent Sweetheart 【派生】

□Ribbon Day's 【04】
1ページ/5ページ

 夜道を歩く。
 気温の下がらない闇に街灯の
光が陰影を作り出していたが、
明かりの少ないクラブハウスの
練習場は、しんとした黒の中で
微かに昼間の名残であろう人の
息遣いを抱いていた。
 まだ初夏の頃、寝付けなくて
車を転がしていたときに通り掛
かったこの場所で、監督として
はまだ若い男が目をつむったま
ま佇んでいるのを見た。
 息が詰まりそうなほど美しい
立ち姿に声を掛けることもでき
ず、黙って立ち去った夜をふと
思い出す。

「……え、」

 突然立ち止まった堺が振り返
ると、少し後ろからついて来て
いた真新しい恋人が大きく目を
見開いた。

「ん」
「え……あの、」
「早くしろ」

 左手を出して急かすと、年若
い世良は怖ず怖ずと堺の掌に自
分の右手を乗せる。
 男だとわかるくらいには骨張
っている手は、けれど堺のもの
より確実に小さくて、壊さない
ような力加減をしながらも強く
握った。一瞬だけ強張ったのは、
こんな風に手を繋いだのは初め
てだったからだろう。
 隣に並んだ世良の頭が少し下
を向いている気配がして、堺は
普段の世良が歩くより気持ちゆ
っくり目の歩調を心掛けて一歩
を踏み出す。
 堺のいつものペースからは大
分遅い、その歩幅。
 熱帯夜、汗ばんだ掌、歩き出
してから感じる照れた世良の笑
み。
 堺には、手の届かないはかな
さにも似たあの立ち姿より、こ
うして手を繋げる世良が愛おし
い。
 世良が達海と手を繋いでなに
かに慄いているとき、堺の視界
の中でくっきりとしていたのは
世良だった。

「……悪かったな」
「え、なにがスか?」
「別に、お前が欲しくないわけ
じゃねぇってことだ」
「えっ、」

 いまは家路につく者もいない
道を歩きながら、迷った末にそ
う言った。
 丹波にのせられて立ち聞いた
世良の気持ちを、聞かなかった
フリでやり過ごす気はない。
 しかし、さりげなさとは無縁
な自分だし、世良もあのテンシ
ョンの話を聞かれてまで、さり
げなさを装われて肩を引き寄せ
られ、セックスに持ち込まれた
くはなかろうと思う。

「堺さん、あの、」
「ん」
「好き……っス」
「あぁ」

 短く返す。
 ふたりで出かけた後に、世良
は時々好きだと言って、堺はそ
れに頷く。
 それがいつものことで、普段
ならそれ以上はない。
 だが、世良はそれに不満を言
ったことはなく、堺はいつも微
笑を浮かべるだけで……けれど、
もちろんそれでいいと思ってい
るわけではないのだ。

「堺さん?」

 ゆっくりとした歩を止めた堺
に、世良が落としていた顔を上
げる。
 だが、そんな様子をずっと堺
が見つめていたと気づいた世良
は、ボッと赤くなって再び俯い
た。

「なんだよ」

 その反応に驚いて尋ねると、
世良は口許をもにゅもにゅさせ
ながらチラリと視線を上げる。

「……だって、見られてたらな
んか……恥ずかしいっスもん」
「あ?」

 眉間にシワを寄せてガラ悪く
一音だけで問うと、世良は慌て
たような顔で口を開いた。

「さ、堺さんいっつも、そんな
ジっと見たりしないじゃないス
か! あぁって言ってくれる声
だけでなんか嬉しいのに、そん
な見られたら、俺……どうした
らいいかわかんなくなるっス!」

 なぜだか半泣きになり、頬の
てっぺんを真っ赤に染めて言い
募る世良。
 その必死さに、ぎゅっと胸が
締め付けられた。
 こんな感情は久しく味わって
おらず、心臓が痛い――それほ
どに愛しい。

「バカか。見てるだけでそんな
顔されたら、ますます襲いづら
くなるだろうが!」

 間違いなく赤くなったに違い
ない自分の顔を、世良はどう見
ているのだろうか。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ