Silent Sweetheart 【01〜40】

□Silent Sweetheart 【26】
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「なー、椿。お前、なにしてん
の」
「え……あ、あの、えっと……」

 抱き締めてくる腕は強くて、
逃れるには少し骨が折れそうだ。
 夜、後藤が部屋に来る前に少
しだけ寄ったグラウンド。
 椿が一人で蹴っていたボール
を見ながら、ETUで監督とい
う居場所を得られたことを幸せ
だと思っていた。
 大好きなフットボール、大好
きなチーム。
 時が洗い流したものと、それ
でも残ったものの間で揺れなか
ったとは言わない。
 ただ、後藤や村越を含めた周
囲の人間がどれほど達海を支え
ているのか……彼らにいつか、
伝えられる日がくればいいと思
う。
 照れ臭いし、柄でもないので
直接伝えたことなどない、この
幸福感を。
 これからやるべきことを考え
ていた達海に突然湧き上がった
感情が顔に出て、そろそろ上が
ろうと戻ってきた椿と思い切り
目が合った。
 変な顔見られた、と思ってす
ぐさま修正したのだが、なぜか
椿はそんな達海をぎゅうっと抱
き締めてきたのだ。

「まさか、貧血とかじゃねーよ
な?」

 具合が悪いようには見えなか
ったが一応確かめると、椿は似
たような身長の達海を抱き締め
たままで首を振る。

「……その、えっと、後藤さん
と村越さんの……代わりっス」
「はぁ? なにが?」
「いま、監督……抱き締めて欲
しそうな顔、してたから……」

 ――わぁ、こいつ嫌な奴だ。
こんなときばっかり人の考えて
ること読みやがって。

 というより、そんなにわかり
やすい顔をしていたのかと思う
と恥ずかしくなる。
 今日は朝から感情の揺れが激
しかった自覚はあるが、まさか
椿に見破られるとは思わなかっ
た。不覚以外のなにものでもな
い。

「バカ、だからって、お前が代
わりしなくたっていーんだよ」

 絶妙のタイミングで抱き締め
られて、椿の存外にしっかりと
した体つきが密着した状態では
おかしな気分になる。
 まるで椿に愛されているかの
ような錯覚に陥りそうで、達海
は椿の胸を軽く押し返した。

「で、でも、ここには……俺し
か、いないし。俺も監督のこと、
抱き締めたいんス」
「なに言ってんだ。俺、お前よ
り十五も年上のおっさんだよ?」
「そんなの……全然、関係ない
ス」

 ――関係ないの?

 ますます強い力で抱き竦める
られて、達海は右肩に乗った椿
の頭をちょいちょいと撫でた。

「監督……た、達海、さん!」
「――、」

 驚いて息を飲んだ。
 椿に達海さんと呼ばれた瞬間、
甘い痺れが指先に走った。
 それくらい甘い、甘い声を、
椿が出したのだ。

「やっぱり俺、十年も待てませ
ん……俺、達海さんのこと、好」
「バカ、それ以上言うな」

 椿の言葉を遮って、達海は必
死に腕を突っ張った。
 泣きそうな顔の椿が捨てられ
るのを予期した仔犬のような眼
で立っている。
 そのあまりの素直さに、達海
の胸が苦しくなった。
 椿が伝えたい言葉を最後まで
聞いたら、きっともっと苦しく
なるに違いない。

「いいか、お前は俺相手に変な
気起こしてる場合じゃねーだろ?
お前はこれから、もっと伸びる。
絶対だ。だから余計なこと考え
てないで、もっと……うっ、」
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