ナギ先輩
□ナギ先輩
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タンッタンッタンッ…
駆け足で階段を駆け登る音がしたと思うとドカドカと廊下を小走りで走る音
ダンッと大きな音とともに扉が勢いよく開いた
「…なつ…?」
そこにはツナギ姿のナギ先輩
入口に片手を突き立ちすくんだまま驚いた様な呆気にとられた様な顔で私を見ている
「おま…なんで此処に…
てか、クッション抱きしめて何してんだ?」
(ハッ!)
「い…いやその…」
パッと慌てクッションをベッドに放った
「す…すいません、突然…あの…ナギ先輩、今日お休みされてたので…風邪でも引かれたかと思い心配になりまして…!あの…お借りしたハンカチもお返ししたかったですし…!」
しどろもどろに必死に喋りながら昨日借りた白いハンカチを俯きながら両手で思い切り差し出した
ナギ先輩をチラリと見ると明らかに不機嫌そうな顔
(ひぇ!…もしかして怒ってる?)
「…なんだよ、その変な敬語」
(え?)
ハンカチを受け取ろうとしたナギ先輩は自分の手が油で真っ黒に汚れているのに気がつくとチッと小さく舌打ちした
「悪りぃ、あと5分待ってくれ…シャワー浴びてくっから」
(え…!シャ…シャワー!?)
「退屈だったらそこらへんに本あるから」
本棚を指差しそう一言残すとナギ先輩は行ってしまった
また一人取り残された私はボー然としながらナギ先輩の指差した本棚に目を向けた
少年誌向け漫画の単行本やらテレビ情報誌のような他愛のないものから卓球の本、料理の本、聞いた事もないような金型の専門用語の本などナギ先輩の本棚はいろいろなジャンルでひしめいていた
(あ…)
本棚の隅に古いアルバムの背表紙をみつけた私は思わずそれを手にとった
「…待たせたな」
扉がバンッと開くと上半身裸でジーパンを履いたナギ先輩がバスタオルで濡れた髪を拭きながら入ってきた
(!!!///)
顔を真っ赤にして驚く私を横目でチラリと見ると
クローゼットから白いTシャツを取り出しスルリと着る
一瞬見えたナギ先輩の逞しくしなやかな身体に私の心臓は止まりそうだった
ナギ先輩は部屋にある小さな冷蔵庫から缶ジュースを二本取り出すと「ほら」と一本私に投げてよこした
ナギ先輩はそのままベッドにドカリと腰を下ろすと缶のフタをパカリと空けてゴクゴクと一気に飲み干した
「ぷは…うめ…ホントはビールといきてぇとこだがこのあとまだ配達があるからな」
ナギ先輩はニカッと笑ってそう言うと
「なつ…んなとこ突っ立ってねーで、こっちに座れ」
ベッドの上をポンポンと叩いて片手にジュース、片手にアルバムを持って棒立ちしている私を呼んだ
[やち] 09-18 23:46 削除
(どうしよ…さっきの先輩の体が頭から離れない)
(…意識しないってほうが無理だよ)
そんなことを考えながら、立ち尽くしていると
『…ぶはっ、ゲホっ』
突然、飲んでいたジュースを吹き出した先輩
「…お前、茹でダコのうえ変顔連発すんなっ面白過ぎ……ゲホっ」
「…うっヒドイ」
吹き出しちまったろっと言いながらタオルで拭うと、自分のすぐ隣をトントンと叩く
促されるまま先輩の隣に座ったものの、緊張して先輩の顔を見れずにいた
「んな緊張すんな。とって食いやしねぇよ……それとも…」
…じっ…と見つめられ、思わず身構えると
「…ふっ、冗談だ」 と頭をポンポンとされる
「お前持ってんの、アルバム?そんなん見て面白いか?」
「…はいっ。先輩の小さい頃とか見てみたいです」
「ふ〜ん、そんなもんか?」
トサっとベッドに横になる先輩
パラッ…アルバムをめくる
おくるみに包まれた小さな可愛いらしい赤ちゃんが目に飛び込む
「…うわっ先輩、可愛い〜。ちびナギくんだぁ」
幼稚園の制服を着てる写真
(ふふっ、お母様の後ろに隠れてる…意外と甘えん坊さんだったのかな)
お母様に抱っこされている写真
(お母様…素敵な人だな、幸せそう)
「お母様、優しそうな方ですね。微笑んでるところとかすっごく似てます」
「…そうか?」
どこか照れ臭そうな先輩
それから一緒にアルバムを見ながら、小さい頃の話をしてくれた
運動会の話や怒られた時の話、そしてお母様の話
「…母親は元々病気がちで、俺が中学に入る前に病気で死んじまった…でも、大切にしてくれたことは今でも忘れてねぇ」目を伏せて静かに話す先輩
(…そうだったんだ)
かける言葉が見つからずに沈黙が続く。
「今日俺、学校休んだろ?
昨日親父が倒れちまって…納品前で徹夜続きだったからな。
2、3日すれば退院できるみたいだが、納品日は絶対だ。じゃないとうちみたいな小さい会社はつぶれちまう。
そんで俺もリュウガさんに教えてもらいながら手伝いしてた。
実は…親父が倒れたのは二回目で…最初倒れた時に跡を継ぐことを決めた。
それまではまだまだ先のことだと思ってたんだがな。
…まっ、実際やってみると大変だけど、もの作るの嫌いじゃねぇし、工場の皆もいい奴等ばっかりだし。性に合ってるのかもな」とニカッと笑う
「なつ…今日は本当に心配かけたな
お前の顔みたらホッとした。
少しだけ、こうしてていいか?」
先輩の腕が伸びてきてぎゅっと抱き締められる
(トクン、トクン)少しだけ早い先輩の胸の音が耳に響く
「私、先輩…うぅん、ナギの側にいるよ」
「…ありがと、な」
抱き締める先輩の腕に力がこもる
「…なつ」
「…ナギ」
そっと体を離すとお互い見つめあったまま、少しずつ距離が近づく
…そしてどちらからともなく、ゆっくりと唇を重ねた
[ムーン] 09-19 01:49 削除
チュッ…
ナギ先輩の唇が軽く触れる
「…なつ…」
低く囁かれたナギ先輩の声にギュッと固く閉じた瞳を少し開くと
先輩は瞳の奥を揺らしながらじっと私を見つめていた
「…ナギ…ん」
ナギ先輩の名前を言う前にまた唇を塞がれる
固く唇を結ぶ私の唇をほぐすように…ゆっくり、優しく…
私の初めてのキスは甘酸っぱい柑橘の味がした
ナギ先輩に恋してから
いつかこんな日がくるのをずっと夢みていた
わずかに開いた唇から差し込まれたナギ先輩のぬるりとした舌の感触に身体が震える
Tシャツを掴む手にぎゅうっと力が入ると
同時にナギ先輩の抱きしめる腕にも力が篭った
そのままギシリと音を立てながらゆっくりとベッドに押し倒される
「…ふぅ…」
唇を離し顔を上げたナギ先輩は
「…ったく、お前可愛すぎんだよ」
と困ったように笑った
ガタンッ!
その時扉の外で大きな音がした
「チッ」ナギ先輩は怒ったように舌打ちをするとベッドから跳びはねるように扉へ向かった
バン!
思い切り扉を開けるとそこにはさっきの金髪ツンツンヘアの男のコと写真でみた茶色い髪の男の子
「…テメーら…んなとこで何してやがる」
先輩のドスの聞いた低い声に二人とも顔面蒼白になって慌てている
「わ…ナギさん!」
「ち…ちげーよ、ナギ兄!
リュウガさんが次の納品の準備が出来たから呼んで来いって…」
「チッ…もうそんな時間か、わかったすぐ行く」
閉めようとする扉の向こうで男の子達は興味津々の顔をしながら首を長くして部屋のなかを覗きこもうとしている
「おら!いい加減にしろよ」
ナギ先輩は二人の鼻先のすぐ前でダンッと思い切り扉を閉めた
ふぅ…と溜息をつくと振り向いて私に言った
「なつ…悪りぃな、仕事だ」
*******
階段を降りたところで少し待つように言われた私は暗くなりはじめた空をぼんやりと眺めていた
キッキー
目の前に白い軽トラが停まったと思うと助手席がバンッと開く
「乗れ」
ナギ先輩が車のなかから声をかけた
「え…!ナギ先輩?!」
「早くしろ」
有無を言わせぬ強い口調に慌てて助手席に飛び乗った
そのまま軽トラは急発進する
先輩は先程の格好にシリウス金型工業の縫い取りをしたオリーブ色の作業上着を羽織っていた
制服とも私服とも違う働く男を見るようで先輩が大人びて見えた
「…なに見てんだ?」
「あ…ううん、ナギせ…車運転するするんだ」
「ああ…誕生日と同時に「一発」で取った
運転出来ねーと仕事になんねーし」
「お前送ってからそのまま納品に行くから
…遅くまで付き合わせて悪かったな」
「…うぅん!そんな!」
ブンブンと首を振る私にナギ先輩はクスリと笑うと
「…秋の大会が終わるまで二年の練習に付き合うよう顧問に言われてたけど、人手が足りなくてな…
今までみてぇに部活に顔出せねぇかも」
赤信号で車が止まる
「…お前はサボんねーでちゃんと練習しろよ」
先輩はそう言うと私の頭をポンポンと撫でた
[やち] 09-19 21:45 削除
頭をポンポンと撫でてやると
「…先輩が来ないと寂しいな…」
何て可愛いことを言う
不意に、さっきのキスの感触、熱っぽく潤んだ瞳をしたなつの姿が脳裏に浮かぶ
気付くとなつの唇に自分の唇を押し当てていた
信号が青に変わり、何事もなかったかのように車を走らせる
(…ッ重症だよな)
一瞬の出来事に目をパチクリさせるなつ
恥ずかしさからお互いに無言のまま過ぎる…
暫くすると閑静な住宅街へ出た
「…あっ先輩、ここです」
なつは白い洋風の家を指差した
庭には色とりどりの花が咲き、よく手入れされているのが見てとれた
「送ってくれてありがと…その、さっきの…すっごく嬉しかった」
はにかみながら言うなつが可愛い
「ああ、こっちこそありがとな」
「家のことが落ち着いたら、どっかにドライブに行こうぜっ」
と言うと、なつは瞳を輝かせて
「うんっ」
と大きく頷いた
「じゃあな」
「お仕事頑張ってね」
バックミラー越しにいつまでも手を振るなつが見えた
********
「また、宜しくお願いします」
深く頭を下げながら得意先を後にする
軽トラに乗り込み帰りの途につく。既に8時を廻っており、工場の皆も帰ったあとだった。
工場の裏に車を停めると
♪♪♪♪〜
携帯が鳴る。
「ナギ、無事に納品終わったかい?」
外回りを終えたソウシさんからだった
「ええ、今納品してきたところです」
「そう、良かった。すまなかったね。私が行ければ良かったんだけど…
学校休んだんだって?」
「いえ、ソウシさんこそ…急な仕事を引き受けてもらって、すんません」
「なあに言ってるの。これが仕事なんだから」
「…ふふっ、それより今日、かわいいお客さんが来てたって?
リュウガが『あの、ナギがねぇ…』なんて嬉しそうに話してたよ」
(ッチ、、全くあのひとは…)
「私も会いたかったな、また連れておいでよ」
「まあ、そのうち…」
「そうそう、病院にも寄ってきたんだ。要りようなものも届けてきた」
「何から何まですんません」
「親父さんね、ピンピンしてたよ。食欲もあるみたい。ベッドの上で体操してて看護師さんに怒られてたっけ。
友人の医師がすぐ退院出来そうだって言ってたよ」
「…良かったね、ナギ。
君も疲れてるんだから、今日はゆっくり休みなさい。私はこのまま直帰させてもらうよ。じゃあ…」
「お疲れっしたっ」
電話を切り…フゥと大きく息を吐く
急に体が鉛のように重く感じられた
(…はぁ、ダリぃ)
フラフラと手すりに掴まりながら階段を上がる
部屋に着くなりバサッと作業服を脱ぎ捨るとそのままベッドに倒れこんだ
目を閉じると意識がすっと遠くなり…深い眠りについた