ヤンデレ

□10
1ページ/1ページ



「ん、これんまい!」

もごもごと口を動かしながら、ルークはクレアとリリスにそう笑いかけた。本日のおやつはサクサクのパイ生地に甘く煮込んだリンゴのコンポートとカスタードクリームを詰めた特製アップルパイ。

手間暇かかった宮廷料理よりも、家庭料理や屋台で売っている店屋物のジャンクフードが舌に合うルークは、その程よい甘さの素朴なお菓子に、すっかり心を奪われてしまった。

「本当、二人とも料理めっちゃ上手だよな。」

俺なんか未だに下手くそで、しょっちゅうジェイドとかアニスにからかわれるんだ。
そんな風にぶつくさ言いながらも、パイを食べる顔は終始笑顔だった。

「ふふ、ルークみたいにみんなが笑顔で食べてくれるから頑張れるのよ、もっとおいしい料理でみんなを喜ばせたいって。」

「へ〜……。凄いなぁ……。」

ふんわりと笑って言うクレアに、ルークは感心したように頷いた。
そうして今度はキッと口を引き締める。

「俺も…、ちゃんとみんなのためにって、料理頑張らなきゃな!」

ギルドに居れば、依頼で食事を食べ損ねることもあるし、当番で料理の手伝いだってすることもある。
苦手とばかりは言ってられないと決意を新たにするルークに、クレアとリリスも期待してるわ、と笑って返した。

「ルークの料理なら、俺は何でも全部食べるぜ!」

話を聞いていたロイドが、言いながらルークに寄ってくる。

「なんたって大親友だからな!」

「ロイド……。」

ルークに向かってグッと親指を立てるロイドに、ルークは感動してキラキラと瞳を輝かせる。大親友と言う言葉が嬉しくて心がほんわりと温まっていく。

「ロイド君ばっかりずるーい。俺様だって、ルー君の手料理なら全部食べちゃう。」

可愛く猫なで声で言うゼロス。
だんだんと騒がしくなってきたことで、食堂にいた他のメンバーも寄ってきた。

「ルークの手料理なら、僕もぜひ食べたいな。」

優しく微笑むクレスに、その隣で微笑むミント。

「食べ物の話に俺を混ぜないなんて無しだぜ。」

ルークの頭を撫でながら言うリッド。
同い年と一つ上なだけのはずなのに、何故かこの二人からはよく子ども扱いされる。
ルークはまた頭を撫でられた、と口をムッとさせて、フルフルと首を振った。その反応で漸く自分がルークの頭を撫でていることに気付いたリッドは、あぁ、悪ぃ。と軽く誤って手をどける。

「子ども扱いすんなって言っただろっ!」

腕を組んで頬を膨らませてそっぽを向くルークに、リッドは苦笑する。そんな子供っぽい態度をとられては、また無意識に子ども扱いしてしまいそうだな、と思った。
どうしてか、ルークを見ていると、危なっかしくて放っておけなくなってしまう。頭があると偉いな、と撫でてしまいたくなるのは、もう無意識下の反射みたいなものなのだ。

「オムレツなら、私が教えてあげるよ!」

拗ねるルークに、ファラはリッドがいっつもごめんね、なんて言いながら元気よく笑いかける。
そんなファラに、ルークもつられて笑って答えた。
なんだかファラに諌められたリッドが母親にしかられる子供みたいに可愛く見えてしまったから、これはお互い様かもしれない。

「うん、よろしくな、ファラ。」

「お、ファラ直伝のオムレツなら、俺何個でも食えるぜ。」

「リッドは自重してくださーい。」

「そうだそうだ!ルーク、リッドには一番最後でいいからな。」

たくさんの楽しげな笑顔に囲まれる午後。
ルークも一緒にたくさんの笑顔を浮かべていた。

そんな時……。






バンッ!!






と、食堂の扉が大きな音を立てて開いた。

談笑していたメンバーは、何事かとその音の方に視線を向ける。
そこには、漆黒と紫苑を携えた青年が一人、嫌な微笑みを浮かべて立っていた。

「あ、ユーリ!戻ったんだな。」

笑顔で笑いかけるルークに対して、その周りを囲んでいたメンバーは、ユーリの只ならぬ雰囲気に警戒の色を示した。

「あぁ、今帰ってきた。」

ユーリはそんな周りの態度を鼻で笑い飛ばしながら、スタスタとルークの元まで歩み寄ってくる。
ルークは恋人が戻ってきたことが嬉しいのか、今日のおやつはアップルパイだぜ、とか、今みんなが料理教えてくれるって言ってたんだと、嬉しそうに目の前のユーリに語りかけた。

「よかったな、ルーク。」

「あぁ、みんな優しいんだ。」

優しく笑って返すユーリに、それが嬉しくて、同じく微笑んで返すルーク。ユーリはそんなやり取りをしながら、スッとルークの耳脇の髪をかきあげた。

「ん?」

疑問符を浮かべてきょとんとするルーク。
ユーリはその表情を楽しむと、今度は耳たぶに口を寄せ、ぺろりと舐め上げた。
みんなが見ている中、耳元で水音がするのが恥ずかしくて、ルークの顔はその一瞬で真っ赤に染まる。

「うぁっ……ちょ、こんなところで何すんだよユっ………………。」

照れて抵抗するルークの顔が、その途中で突如驚いたような顔に豹変した。言葉が詰まって、見開かれた目は、ずっとユーリを離さない。

「どうした?!ルーク!!」

周りで見守る仲間の声は届かないのか、ルークからは何の反応も帰ってはこない。
だた、、ユーリだけは恍惚とそのルークの驚いた表情を楽しんでいた。そして時間がたつにつれルークの体がガクガクと震えだす。
そんなルークの様子に周囲のメンバーが焦りだしたときだった。

ポタっ…。

と、赤い雫が、食堂の床に落ちる。

「えっ……。」

ファラの高く響く声が、静まり返った食堂に響く。
後のメンバーの声は、音になることなく息とともに喉へ呑み込まれていった。誰もそこから目が離せない。
ルークの耳から、赤い雫がポタポタと床に落ちていく、その光景から。

「っ…あぁ…、うあぁっ……っ。」

漸くその痛みを実感してきたのか、ルークはしゃがみ込みながら苦痛の声をあげる。そして震える体を叱咤して、その血が流れる右耳に手を添えた。

「ち……。」

その手を染める赤い液体を、ルークは何処か遠いもののように見つめる。

「そうだ、お前の血だぜ、ルーク。」

ユーリはルークの目線に合わせてしゃがみ込むと、再びルークの耳元に手を伸ばした。
反射でビクッと震えるルークが、その手から逃げようとするものの、ユーリに睨まれ体が動かなくなる。
ユーリは抵抗しなくなったルークに満足すると、再び手を伸ばし、ルークの耳に“それ”を取り付けた。

「俺とルークの瞳の色のピアスだ、ルーク。」

血も拭わずに取り付けられた、アメジストとペリドットのピアスが、ルークの右耳に輝く。ルークは未だ状況が呑み込めず、ユーリに取り付けられたピアスを指でなぞる。
そこには小さな宝石の様な手触りが、確かにあった。

「知ってるか?恋人どうしで一対のピアスを分けて付けるのには意味があるんだぜ。」

「意味……?」

未だ呆然とするルークは、ユーリの言葉をただ反復した。

「左耳にピアスをするのは愛する者を “自らの勇気と誇りを賭けて守る”って意味で、それと対になった右耳のピアスをつけるのは “その想いに答える”って意味があるんだ。」

ルークはユーリの言葉を聞きながら、右耳のピアスに触れる。
そこは未だにジンジンと、耐えるには辛い痛みが響いていた。
その痛みが、ルークを冷静にさせたのか、ユーリの言葉に反するようにポロポロと言葉がこぼれていく。

「それって…、男女の恋愛の話、だろ……。それに、普通、男が左耳にピアスをつけてから右のピアスを女の人に贈るって…。右耳のピアスは、ピアスを贈られた女の人が男の“その想いに答える”って言う意思表示に着けるのに…これじゃぁ順番が逆……。」

「………はぁ?」

ルークの言葉は、もちろんユーリの意にはそぐわなかった。
ユーリはルークの顎を掴むと、グッと自分の方に寄せて、低く凄味のある声で質問する。

「じゃぁ何か?お前は俺の思いにこたえる気は無いってのか?」

「!!」

ユーリの眼差しに、再びルークの体が震えだす。
顎を抑えられている所為で、美味く言葉が出せなかったが、それでも「違う、そんなことはない」と懸命に否定をした。

「じゃぁ何も問題ねーだろ。」

ルークの言葉に、ユーリは口角をあげて言って、その手からルークを解放する。そして、逆の手に持っていた鋭い針を、ルークの手に握らせた。

「え……。」

持たされた針には、真っ赤な血がついていた。
これは間違いなく、今自分の耳に穴をあけた道具だと主張するように。まさか……。
ルークの脳裏に、一つの結論が導き出される。

「次は、お前が俺の耳にピアス、つけろよ。」

自分の左側の髪を耳にかけ、その左耳をさらすユーリ。

「お互いに一生消えない傷をつけるんだ……、最高だろ?」

恍惚と言うユーリが信じられずに、ルークの心臓がバクバクと音を立てる。どうしてこんな痛みを、ユーリにも与えなければいけないのか…。どうして、愛する人に、たとえそれが愛情の行為だとしても、傷を付けなくてはいけないのか……。
心と体が拒絶をするのに、それでもユーリの眼差しがそれを許してはくれない。

「え……ぁ……、っあ………。」

パニックになったルークの針を握った聞き手が震える。
ルークは必死に右手で震えを抑えようとするものの、その甲斐もなく体は正直に恐怖を訴えた。
けれどそれをユーリが許さない。

「早くしろって言ってんだろ…。それとも、俺の気持ちには答えられないってことか?!!」

動作が遅い恋人に、ユーリは怒鳴り声をあげた。
そしてもう待てないと言わんばかりに、ルークの手を握ると、自分の耳元に持っていく。

ポロポロと涙を流すルークの耳元を眺めて満足げな顔を浮かべると、さらにグッとルークの手に力を籠めて、自分の耳に押し付けさせる。

つぷっ…と先端が刺さり、ユーリの耳たぶからジワリ…と血が浮かび上がってきた。

「ひっ……。」

自分の手に伝わる肉を裂く感覚に、ルークは小さな悲鳴を上げた。
嫌だ……ユーリを傷つけたくないっ……。

「止めろ、ユーリ!!」

涙をたくさん零しながら震えるルークを抱きしめて、止めに入ったのはリッドだった。

続いてロイドとゼロスがルークを後ろに庇うように間に入る。
ファラはルークの手から針を取ると、ユーリの方へ投げ返して、キッとユーリを睨み付けた。

「酷いよ、ユーリ!!」

その光景を、至極つまらなそうに眺めるユーリの前に、金属音と共にクレスの剣が突きつけられる。

「それ以上ルークを傷つけるなら、僕たちにも考えがある……。」

クレスの後ろでは、リリスとミントも臨戦体勢をとっていた。
自分の前に立つロイドたちも、それぞれ獲物に手をかけている。
ユーリはそれを一瞥すると、大きなため気を吐いた。

さて、どうする…と、ルークを守るメンバーに緊張が走る。

「おい、ルーク。」

ユーリとの間を遮るようにロイドとゼロスがいる所為でユーリの表情は見えないが、その声は酷く面倒臭そうで、ルークに恐怖を感じさせる声音だった。
ユーリの声音に縮こまるルークを、リッドはギュッと抱きしめる。

「お前、選んでいいぞ。」

ユーリはそう言うと、自分に突きつけられているクレスの剣を、指でピンと弾いた。
ユーリの行動に、驚いたクレスの方がその身を一歩引かせる。

「俺が今すぐうるせーこいつら始末してから俺の耳に穴開けんのと、俺の言うことを素直に聞いて、今すぐ俺の耳に穴開けんのと。」

ニヤニヤしながら言うユーリに、聞いていたメンバーの憤りが色濃くなる。

「ルーク、ユーリの言うことなんか聞くことないぜ!俺たち全員で戦えば、負けるのは確実にユーリの方だ。」

ロイドの言葉に、全員が頷いてルークに呼びかける。
けれど、ルークはそうは思わなかった。

「だって、だめだ……それでも…誰かは怪我、しちまう……。」

「怪我なら私が治します!」

反論するミントの言葉にも、ルークは首を振る。

「嫌だよ…それでももし、腕が切れたら誰にも治せない……。ユーリが勝てなかったとしても、全員が生きてるとも、限らない…。」

ルークはリッドの両手を自分から外すと、ゆっくりと立ち上がった。

「ルーク…。」

今まで優しく包んでくれていたリッドの心配するような声音に、ルークは笑って返すと一歩ずつゆっくりとユーリの方へと進んでいく。

「それに俺は…ユーリが傷つく姿も、見たくない……。」

言いながらユーリの前に座ったルークに、ユーリは満足そうに笑った。それなら、自分のするべきことは分かっているだろうと言うその笑みに、ルークは床に落ちている針を拾い上げる。

ただのアクセサリーをつけるだけだ。
怯えることなんて何もない。

ルークは深呼吸をして体を落ち着ける。

自分の耳はまだ痛むけれど、それすらもユーリの愛情だと思えば受け止められた。

長い黒髪を梳く様に後ろへと流して、隠れてしまったユーリの耳を空気にさらす。





大丈夫、これは、ユーリの愛情表現なんだ。








愛する人の肉を突き刺す感覚は、酷く、その手に残り続けた。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ