パラレル

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それはそれは、ものすごい大恋愛だった。

行く先々で毎回誰かしらに好かれて帰ってくるこの愛しい朱色の恋人。
その彼が俺と付き合っていると解ったとしても止むことのないアプローチ。

当の赤毛の恋人は、そのことには全く気付かず、みんなが向けてくる好意を「みんな本当にいいやつだな。」の一言で片づけるド天然。

そんな恋人と、こうして結婚までこぎつけるのはどれほど大変だったことか。


そして結婚しても諦めることのない俺の奥さんに群がる害虫を追い払うことが、今どれだけ大変か。


それでも必死で追い払い続けるのは、この家庭を守りたいからだ。
そう、たとえその家族に“嫌われていた”としても。







「じゃま。」

冷めた口調でそう言って俺の事を冷やかなまなざしで見つめるのは俺とルークの第一子。
ジェイドの研究の集大成によって男同士の親から生まれたなんて言う奇跡の長女、ルリ。
俺に似た黒髪と、ルークよりは若干彩度が低いが、深く吸い込まれるような緑の瞳をもった、記念すべき、愛すべき子供だ。
きっとジェイドはルークそっくりの娘をたぶらかそうとしていたようだったが、生まれた娘は俺にそっくりの髪と顔をしていた。
ざまぁみろだ。

「ルリ…お前父親に向かってなぁ…。」

「うるさい。」

「………。」





いつからだろうか。
ルリは小学校高学年になったあたりからだったか、俺の事を蔑むような目で見てくるようになった。
やはり男親二人で育てているせいかと不安になったが、こいつは俺に“だけ”こうだった。ルークには俺にきつい視線を送るようになってから以降も、デレデレで甘えた。
あまりにも差が激しいために、一度だけその理由を聞いてみた。
そうしたらあいつは、いつも以上にきつく尖らせた瞳を俺に向けて言い放った。

「ルーク母様は私の物なの。だからルークお母様を取り合う相手に、優しくするわけないでしょう。」

「は……?」

ぽかんとする俺に、さらに最愛の娘は続ける。

「あんなに可愛くて仕事もできるお母様が、どうして父様みたいな稼ぎもない男とくっついたのか、本当に解せないわ。」

そうしてつかつかと俺に歩み寄ると、腕を組んで余裕げにいうのだ。

「私が大きくなったら、お父様から奪うんだから、それまで残り少ない時を楽しむといいわ。」

その言葉に呆然として声も出なかった。
まさか、身内にまで敵ができるなんて、いつ、だれが、どこで想像した?本当に、俺の最愛の奥さんはどれだけ人をひきつければ気が済むのか。
若干12歳の娘に言われた言葉は未だに俺の心に傷を作っている。

けれどその言い方や態度、そして何よりルークへの執着を見て俺は心から思った。

こいつ、間違いなく俺の娘だ。





「ルリ、父様にそんな口聞いちゃダメだろ。」

ルリと俺のやり取りを見かねたルークがそう言って娘を嗜めた。
宣戦布告から早3年。
年々娘から俺へのあたりはきつくなっていくばかりだ。

「姉様、父様可哀そうだよ。」

ルークにぴったりとくっつく俺とルークの可愛い第二子である息子も、そう言って姉を見上げる。

「母様!」

ルークに気づいていなかったのか、ルリは驚いてそう言うと、お父様とは普通に仲良くしてたのよ、と言ってすぐさまルークに抱きついた。

「そう、なのか?ならいいんだけど…。」

ルリに言われた言葉を丸呑みにしたルークは、疑問符を浮かべながらのも娘を抱き返してそう答えた。ルークに抱きしめられたルリは、それを十分堪能すると、今度はしゃがみ込んで自分の弟を力いっぱい抱きしめる。

「リクも、違うよ、姉様と父様は仲悪くなんかないわ。」

「そう、なの…?」

グラデーションがかかっていないだけで、髪の色も瞳の色も顔すらもルークにそっくりな息子のリクは、これまたルークと同じように疑問符を浮かべて首をかしげながらも、自分も姉に抱きついた。

「そうだ!それよりも、今日一緒に買いものに行きましょう、母様!今日、お休みでしょう?」

至極嬉しそうに微笑むルリに、ルークもつられて微笑む。
結婚当時仕事を持っていなかった俺と違って、ルークは大財閥のお坊ちゃま。そうなれば自然と仕事分担は俺が家事でルークが外で仕事と別れた。
家事は思っていた以上に俺の身にあっていたみたいで、苦にはなっていない。何より、疲れて帰ってくるルークを自分の手料理で癒すのもやりがいがある。

(あぁ…、本当、マジでかわいいな…。)

愛らしく微笑む奥さんの姿に、俺の顔も自然と微笑んだ。

「そうだな、そうしようか。ルリも、もうそろそろ新しい服、欲しいだろ?」

「本当?ありがとう、母様。でも、ルリは母様と出かけられればそれだけで幸せ。」

「姉様…、俺は?」

二人の会話に寂しくなったのか、リクはルリの服の裾をギュッとひっぱりながら訪ねる。
その可愛らしい仕草に、ルークとルリはクスリと笑う。

「もちろん、リクも一緒の方が、姉様は幸せよ。」

再び力を入れてぎゅーっと抱き合う子供たちに、ルークは柔らかい笑顔を向けて微笑んでいる。

なんて、幸せな休日風景なんだろうか。


先ほどまでの娘からの辛辣な言葉も忘れて感慨にふけっていた俺は、ふっと意識を取り戻すと、身に着けていたエプロンを外す。
そうと決まれば出かける準備をしなければ。

「あら、父様。父様は今日お庭の家庭菜園のお手入れをするんでしょう?」

鞄をとりに行こうとしていた俺に、良い笑顔の娘から声がかかる。

「え、そうだったんだ。なら、出かけるのやめてみんなで手伝「だめよ母様。」

優しい優しい奥さんの言葉を、悪魔のような声が遮る。

「父様の大事な趣味を奪っては可哀そうだわ。野菜や果物のお世話、楽しみの一つなんだもの。」

確かに、美味そうな食べ物を育てるのは楽しみの一つだ。
それもひとえにルークやリク、一応俺の料理の腕だけは誉めてくれるルリの笑顔があればこそ。
つまり、俺にとっては家族と過ごす方が野菜の世話より優先事項だ。

「それに、たまには父様も家のことを忘れて一人の時間を楽しみたいと思うの。」

「いや、俺は「それもそうだよな。ユーリ、いっつも家の事やってくれてて、俺と違って休日とかないし、たまにはゆっくりしたいよな。」

俺の言葉は、今度は愛しい愛しい奥さんの手で遮られる。

「あ、なら母様。今日は父様の休日ってことにして、迷惑をかけないようにご飯も外で食べてきましょう。」

さも良いことを思いついたと言うように両手を合わせて微笑むルリ。

「外でご飯!」

リクも嬉しそうに賛同する。

「そう…だな。ユーリのごはんの方がおいしいけど…。」

(ルーク…!)

ルークの言葉に思わず涙が出そうになる俺だったが、すぐに自分の状況を思い出して首を振る。

違う、今は感動してる場合じゃねぇ。

「ってことでユーリ、今日はゆっくりしてくれよ、子供は俺が引き受けたからさ!!」

「え……。」

満面の笑顔で俺にそう言い放つルーク。
どうやら俺が感動してたうちに、話はすっかりまとまってしまったらしい。

「いや、え、ほら、俺も一緒に…。」

「さ、母様、なら早くいきましょう!父様の休日の時間が少なくなってしまうわ。」

ぐいぐいルークの手を引いて出かけていく娘と俺の奥さん。

「父様、行ってきます!」

元気が良い笑顔を俺に向けると、母と姉の後を追いかけて息子も足早に玄関へと向かう。

「は…?」

そんな状況に思わず潤んだ瞳を見て、ルリは小憎らしい顔でくすっと微笑んだ。

「父様ったら、泣くほどうれしいみたい。」

「ユーリ……。」

ルリの言葉に、ルークの瞳も潤んだ。

「そんなに大変だったんだな、家事。」

盛大な勘違いをして。

「ごめんな、その代り今日はゆっくり帰ってくるからな!っつーかどっかホテルにでも泊まってくるから!だから、ゆっくり休んでくれよな。」

そうしてルークは子供たちを連れてさっさと玄関の扉を閉じた。


「る、ルーク……?!」


もはや誰も返事を返してくれることのない家で、俺は一人呟く。
きっと今日中には、慰めてくれる相手は誰も帰っては来ない。




もしかしたら、最大の敵は身内の中にいるのかもしれない…。



小憎らしい愛娘の顔を思い浮かべて、俺は一人泣いた。




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