エトセトラ

□鋭利な愛を受け止めて
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彼は何かあると必ず私のところにくる。
それが嫌なことだろうと嬉しいことだろうと。

そして彼は私を痛めつけるのだ。








壊れるんじゃないかというくらい音をたてて勢いよく開いた扉に驚くこともなくなった。
彼が来ることは最早日常茶飯事だから。

「あああああ、イラつく」

ベットで小さく座っていた私の脇腹に彼の長い足が突然突き刺さる。
受け身も取れず床にしたたかに体を打ち付けるように倒れる。
それに追い討ちをかけるかのように、彼の爪先がぐりぐりとお腹をえぐる。
ちょうどそこは一昨日彼に痛めつけられて痣ができている場所だ。
声を漏らさないように唇を噛み締めてじっと耐える。
抵抗すると、もっとひどいから。

「戦争してぇ暴れてぇ!」

語尾が強くなった瞬間に思いっきりお腹を踏まれる。
胃から昼食が戻ってきてえずきながらそれを吐き出す。
彼が満足げに笑っているのが見えた。

「お前見てるとイライラすんだよなぁ。
何してもうんともすんとも言わないし」

まぁ、と付け足す彼の笑みに背中の産毛が逆立つ感覚があった。

「そっちの方が俺にとっても都合いーけどな。
なぁ元奴隷の少女ちゃん」

元奴隷。
正直今も奴隷のような生活を送っている。
ただし体罰限定の。
前髪を掴まれ上に持ち上げられる。
頭皮が引き剥がされるんじゃないかというくらいの痛みが私を襲う。
じ、と彼の赤い目が私を見るが、私はずっと床を見たまま唇を一文字に閉じる。
彼は大きく舌打ちすると、平手で私の頬を打った。
パァン、と大きな音がして、次第に頬に熱が集まっていく。
唇の端が切れたようで鉄の味がする。

「なあ、いたいか?」

前髪を持ったまま彼がたずねてくる。
私は何も答えずに下を見続ける。
それが気にくわなかったようで、床に叩きつけられた。
鼻が熱い。
ぼたた、と鼻血が出てきたがそれを拭うことすら出来ない。

「なあ、いたい?」
「…」
「なあ、なんとか言えよ」

顎を持たれて彼と目が合う。
彼の目が大きく見開かれる。
彼の赤い瞳の中の私は、涙を流していた。
ああ彼の前で涙を流したのは初めてだった。
今まではずっと無表情を勤めてたから。

「っんだよ、な、なに泣いてんだよ」
「……あなたが言うの?
それを、あなたが言うの…?」

いつの間にか口から出ていた言葉に自分でも驚く。
久しぶりに言葉をしゃべったな、とか、今日で私死んだな、とか。
諦めてふ、と口角だけを上げて笑った。

「ころしてよ」
「っぁ、」
「ころして、ころしてよ、もう、いきたくない」

腕を動かすと手錠がちゃり、と音をたてた。
足枷もついているので歩くこともままならない。
食事が最低限出されるだけマシだが他が信じられないほど最悪だ。
水浴びを無理矢理一緒に入らされ私のアザだらけの体を見て汚いと罵られる。
誰がこんな体にしたんだ。
確かに鞭の痕は彼ではないがアザや打撲痕、内出血の痕は全て彼からの痕だ。
そのあとは欲求をはらすためだけに体を重ねる。
私が痛いと言おうと気絶しようとなにしようとお構いなしに諸事を進められる。
そして最後に嫌味を言ってどこかに行ってしまうのだ。
こんなの、生き地獄ではないか。
正直奴隷の方がまだマシだった。
私が失敗さえしなければ痛いこともなかった。
こんな理不尽な暴力をぶつけられることもなかった。

「俺、は……」
「…ころしてよ」
「やめろ」
「ころして!」
「やめろ!!」

床に押し倒され、彼が大きく振りかぶった氷柱の塊が私に迫る。
あぁ、やっと死ねる。

だん!と真横に鋭利な刃物が突き刺さる。
違う、なんで。
彼を睨み付けるように視線を向ける。
するとぽたりと私の頬に滴が落ちてきた。
一滴だけではなく、二滴三滴と続く。

「…っそ、わけわかんねえ」

そう言った彼が自らの手の中にある氷を握りしめると、ぼろ、と砕けて消えた。
意味がわからないのはこっちの方だ。

「なぜ、ころさないんですか。
私の代わりなんていくらでもいるじゃありませんか」

顔の横にある彼の手がぴくりと反応した。
私は彼のしたで小さく身を縮め、髪の毛を強く掴んだ。

「情けなんていらない。
あなたは殺しが好きなんでしょう?だったら私をころすことなどなんともないじゃないですか」
「…俺にお前を殺すことはできねぇ」

そう言った彼に吐き気がした。
どうやら私に生き地獄を味わわせるらしい。
とても嫌な人だ。

「よく言えましたね、あなたが」

この言葉は挑発だ。
彼がカッとなって私をころすように。

「私はあなたのおかげでしにたいと思うようになりました。
ならばあなたがその責任を取るのが普通ではないんですか?」
「……なぁ、お前さ、俺の名前知ってるか?」
「…知りません」
「俺、ジュダルって言うんだよ」

なぜか彼はいきなり身の上話をし始めた。
戦争や暴れることが好きだ、とか人をいたぶるのが好きだ、とか。

「市場にいったとき、一人の女がいたんだ。
その女は奴隷で辛そうな表情で物を運んでた。
俺は奴隷なんてどうでもいいって思った。
だけど、そいつから目が離せなくて、傍に置きてえって思っちまった。
気づいたらその奴隷の主人殺してそいつ連れてきちゃってたんだよ」

なぁ、とジュダル様が泣きながら笑った。


「俺さ、人の愛しかたわかんねえんだよ。
どうすればいいんだ?」


私はジュダル様の涙を頬で受け止めながら口を開いた。



「私も奴隷なのでわかりません。
けど、これが間違っているのだけはわかります」


そう言うと彼はだよな、と呟き私を抱き締めた。




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