嫌われ

□ 両手を広げて
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グランドではもうみんなは練習していた。
春奈ちゃんが外でボール拾いをしている。
ということは、部室に秋ちゃんと水無瀬さんが二人っきり?
なにやってるんだろう。
そう考えながら扉に手をかけたとき、聞こえた悲鳴。

「きゃぁぁ!!?」

この声は、水無瀬さん?
素早く扉を開けるとずぶ濡れの水無瀬さんの手からドリンクのボトルが離された瞬間だった。
秋ちゃんはあたし達を見て目を見開いた。
水無瀬さんがあたしに駆け寄ってくる。

そしてゆっくりと秋ちゃんがまばたきをした。
その目は何かが欠乏しているようにカラカラに渇いている。

あたしに軽く衝撃が加わる。
下を見ると水無瀬さんがあたしに寄り添っていた。
マックが何事かとあたしに寄り添っている水無瀬さんを見る。

「秋ちゃんがぁっ…いきなり葉月にドリンク、かけてきて……!」
「……え…?」

あたしには水無瀬さんが自分でかけたように見えた。
だってボトルが水無瀬さんの手から落ちたし。
マックは泣き始めた水無瀬さんの背中をさすってあげている。
ちらりとマックの目が秋ちゃんに向けられて、あたしに向けられる。
マックが片目をぱちりと閉じた。
あたしも頭をかく。
よかった。マックも水無瀬さんのこと疑ってるんだ。
ゆっくりと中に入ってからマックが口を開いた。

「木野、本当に葉月にドリンクかけたの?」
「…秋ちゃん…。
秋ちゃんはそんなことしないよね?」

少し演技がくさいかな、と思いつつ秋ちゃんに問いかける。
ざわざわと周りに部員が集まってきた。
ちょっとまずいな。

「ごめん、少し四人だけで話したい」

みんなにそう言って部室の扉を閉めた。
横目に見た水無瀬さんの顔は驚きと色々な感情が混ざっている。

「ねぇ、秋ちゃん…」
「わたっ…わた、し」

秋ちゃんがゆっくりと顔をあげる。
その目は涙でずぶ濡れだ。
いきなり横から声が飛んできた。

「秋ちゃんが葉月が作ったドリンク…葉月にぃ…!」

そう水無瀬さんがあたしに泣きつくと、秋ちゃんはびくりと震え、目をきつくつぶった。

「…そ、そうよ。
私が、葉月ちゃんにかけたの…!」
「…秋ちゃ」
「だって、むかつくじゃないっ。
わ、私の方がみんなと一緒にいるのにっ…葉月ちゃんばっかり…」

ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を漏らしながら秋ちゃんが言う。
そんなの信じるわけないじゃん。

「……見損なったよ、秋ちゃん」
「木野って最低だね」

なんてね。
思ってることと反対のことを言って水無瀬さんをマックに預ける。
秋ちゃんの傍にあるタオルを取りに行くふりをして秋ちゃんに短く耳打ちをした。

「帰り部室残って」
「っ」

もちろんさっきみたいな冷たい声じゃなくていつもの声で。
なるべく優しく言った。
けどやっぱり誤解されたのか、体を小さく震わせている。
タオルを取って水無瀬さんに被せる。

「ありがとぉ…」
「…水無瀬さん、このことはとりあえず誰にも言わないで?
あとで秋ちゃんにゆっくりといろいろ聞きたいから」

秋ちゃんを睨みながら言うと、水無瀬さんはうんっと返事をする。
…嬉しそうだなおい。

水無瀬さんがジャージに着替えている間にあたしがみんなに説明しておいた。
『ゴキブリが出てそれに驚いた水無瀬さんが転んでしまって、その拍子にドリンクがかかってしまっただけだ』
ま、こんな感じ。
みんなは信じてくれたみたいだ。
ちょっと罪悪感。
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