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□贖罪の山羊と、あの病気
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「待っていたぞ、土方十四郎!もとい俺の彼氏よ!」

ソファに足を組んで座った銀時が、至極偉そうにそう言う。邪魔するぞ、と玄関で声を掛けたあとにドタバタと音がした。慌てていたのだろう。それを可愛いと思ってしまうくらいに、土方は銀時に惚れていた。それにしたって。


「それはお前、酷くねぇか?」

「何が?」

そっぽを向きながら銀髪を撫でつけている。どこが寝癖で、どこを直せば満足するのか、土方には全く分からない。どさりとソファに腰掛け、持っていた大きな紙袋を隣に置いた。銀時がうずうずしているのが分かって、笑いそうになった。


「なんで寝間着なんだよ」

「だって、朝の2時だよ」

どんなにだらしない格好をしていようとも、銀時の首元は眩しい。絶対こいつ昨日酒飲んで風呂入らないで寝たよ、という確信があるが触れたい……むしろ積極てきに。どれほどの讒謗も冷語も、土方の恋心を揺るがしはしない。別れの言葉以外は甘んじて受け入れるつもりである。それにしたって酷い。


「昼の2時だ。俺が夜中に押し掛けたみてぇに思われるだろ」

「誰に?」

「……なんでもねぇよ」

ふぁ、と大欠伸をした銀時を眺めながら、愛が足りないと思った。


「愛?なんだよ愛って……あぁ、あの愛ね。コンビニで売ってたよ。298円で」

「そんだけ安いなら買ってくれよ」

「高いね。だって、俺の愛は無料ですよー」

ふふふ、と笑った銀時からは微塵も愛情を感じない。


「感受性がダメになってるんだね、土方くん可哀想に。病院に行きなさい。大体、俺の自堕落な生活とお前との恋愛になんの関係性があるっていうんだ。俺はお前のことが嫌いで堕天使のように生きてるんじゃないんだし、お前のことが大好きだからって企業戦士になったりしないの」

「誰も企業戦士になれたぁ言ってねぇだろ。せめて規則正しい生活をしろ。大体、普通はコイビトの前では綺麗でいたいとか……いや、いい。そんなことは望まねぇ。ほら、弱味を見せたくないとかだな……」

「でました、『普通』 そういう個人的で狭義的で恣意的で妄想たっぷりな意見は聞きたかねぇの。お前の頭の中にはところてんでも詰まってんのか?」

酷い言いようだ。天ッ突きッ!!と訳の分からないことを叫んだ銀時は、灰皿を勧めて脚を組み直した。ありがたく煙草を咥えた土方は、再びのふふふという笑い声になんだよと返した。


「いぃやいやぁ。それで、今日は何の用かな、土方くん」

「何の用もねぇよ」

まぁたまたぁ、とリズム良く言った銀時が、堪え切れないというふうに口角をあげた。


「今日は何の日だー」

「清水次郎長の誕生日だな」

「それはダメ。ダメなやつだ。落ちつけ土方くん」

今日はとことん恍けてやるつもりで万事屋を訪れたのだ。そりゃあ男同士だから女もバレンタインもないのだけれど。ついでに、銀時に健気さや殊勝さを求めても仕方ないことも、土方はしっかりと分かっているのだけれど。


「じゃあ岡田以蔵の……」

「もっとダメ!ってか、お前はそういうボケしないって知ってるの。バレンタインだよバレンタイン。銀さんは逆チョコを求めています」

逆というからには、普通ならば自分が渡すものだと思っているのだろうか。意外である。


「ヴァン・アレン帯?難しい言葉知ってるんだなぁ。なんだそれ」

「なんで俺がお前と大気電気学について語るんだよ。そんなに詳しくねぇよ。ついでにベタすぎんだよ。べッタベタで食べられません。もういい、その紙袋を寄越せ」

手を差し出す銀時から目を逸らし、まぁまぁと言う。本気で睨みつけられると、どうにも怖い。


「焦るなよ。血のバレンタインネタもあるぞ」

「シカゴなのか?ユニウスセブンなのか?そんなもんは知るか。だが、銀さんは知ってるんだぞ。その紙袋のなかに美味しいものがあるって。寄越しなさい、良い子だから」

まずい、という顔をしてみせた。我ながら演技派である。


「え、なに、どうしたの」

「いや……食い物じゃないんだ……すまん」

紙袋から取り出した花束を差し出す。チョコレート以上に買うのが恥ずかしい、薔薇の花束である。銀時は非常に微妙な顔をして、ありがとうと疑問符つきで言った。土方は内心ほくそ笑んだ。


「……えっ?ねぇ、土方くん。銀さんといえば?」

「ジャンプ?」

「他」

「天然パーマネント?」

「略してお願いだから。他」

「糖分?」

うん、それ……と言った銀時は少し悩むようにして、視線を泳がせた。安心してほしい。他にもまだあるのだ。


「えっ!そ、そうだよね、あるよね」

「これ。一応お揃いだから。お互い剣握るし、携帯にでもつけといてくれよ」

チェーンを通した指輪を差し出した。値段が張っただけあって、さっきよりはマシな顔である。しかしまだ不満らしい。


「土方くん……あの、嬉しいんだけど」

「これも。お前に似合うと思って」

マフラーを差し出した。ふわふわの赤いマフラーである。気持ちいい、と言って頬ずりをした銀時が、上目遣い気味に窺ってきた。土方は努めて平素の顔を作る。




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