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――を愛しているのだと思う。恐らく、確かなことだ。

心や魂がどこにあるかと問われ、心臓にあると恥ずかしげもなく言える人間は、きっとそう少なくない。馬鹿なのかと思う。

じゃあそんなお前はなんと答えるのかと問われれば鼻をほじって答えよう。そんなことは知ったことじゃない。何ら関係ないのだ。喩え心臓と同化していようが、鼻の粘膜に貼りついていようが、脳味噌に埋もれていようが、いつぞやどこぞの誰それに突っ込まれたケツの奥にあろうが困りはしない。俺の中にあれば、それが何処だろうと不自由なことはないのだ。

兎にも角にも何処にあろうとも、それは俺の脳味噌に向かって愛していると叫んでいる。もしかすると胃の辺りにあるのかもしれない。吐き気のように、不条理に、自分の意思ではどうしようもないほど強烈に、突然襲ってくるのだ。死ぬのではないかと錯覚するくらいに心臓をきゅうっとさせ……あぁ、さっきの馬鹿は取り消そう……そう、襲ってくるのだ。

それはいっそボロボロと涙でも零れそうなくらいで、脳味噌の芯を真っ赤に熱した火掻き棒でぐちゃぐちゃと掻き回されているいるような気分になる。

誰のせいでこんなことになっているのだろう。明白だ。――のせいだ。

そんなことをのろのろと馬鹿みたいに考えている俺の前に、――が居た。いつから居たのか、じいとこちらを見ている。俺はなんとなしに、いつも通り、出来る限り精一杯で、唇から一滴も気持ちが洩れ出ないように抑え込んで呼ぶのだ。


「よぉ」

俺は臆病であった。俺だけが臆病であった。かなし。雨が、降っていた。










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