番外編

□救いし者に感謝の心を
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 風が冷たくなってきた長月の初め、雅尚と尚秋は西市(にしのいち)に来ていた。
 もちろん尚秋が来たいと言ったわけではなく、雅尚がどうしても、というので仕方なくついて来たのだ。が……
「さっきから何をしてるんだ?欲しい物があるなら、さっさと買え」
 そして早く俺を帰らせろと呟く尚秋に、雅尚は品物を見ていた視線を主人(あるじ)に移し、溜息を吐いた。
「もう少し待って下さいよ。品物の良し悪しを見てるんですから」
「聞き捨てならねぇな。俺の所の品は全部良いに決まってんだろ!」
 二人の会話を耳にした店主がすかさず反論してくる。
 これに雅尚は慌てて頭を下げ、尚秋は呆れたように息を吐く。
 言わずもがな、この溜息は雅尚に向けられたものだ。
 それが判っているのか雅尚はキッと尚秋を睨み付け、彼の手を引っ張り早足で店から遠ざかる。
 いきなりの行動に尚秋は目を瞬かせ、不思議そうに呟いた。
「どうした、見てたんじゃないのか?」
「あんな雰囲気で見れるか!」
 間髪容(い)れずの怒号に尚秋は眉をしかめ、不機嫌そうに握られた手を見つめた。
「どうでも良いから、その手を離せ。鬱陶しい」
 その言葉に今気付いたと言わんばかりの早さで手を離すと、雅尚は尚秋に向き直り言う。
「尚秋様、ああいう事は店の者がいる時に言っちゃ駄目です。気を悪くさせてしまいますよ?」
「……お前が言ったんだろう」
 そう指摘され、雅尚は考えるように黙った。言われてみれば確かに自分が言った。いや、店主を不機嫌にさせたのは紛(まが)うことなく自分の発言だ。
 それに気付いた雅尚は先程までの勢いはどこへやら、途端に俯き暗い雰囲気を放つ。

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