番外編

□新年の宴の陰で
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 年が明け、公卿や貴族は内裏での行事に忙しなく働き帰宅しては宴に興じていた。
 その中で一人、宴を快く思わない人物がいる。
 それは――――


「うるさい」

 持っていた檜扇(ひおうぎ)をパチリと打ち鳴らし不機嫌さを顕に告げるのはこの邸の嫡男、尚秋だ。

「つゆさ、あの騒がしい奴らを黙らせてこい」

「なっ……!?」

 なんて事を言ってくれるんだ、この主人は、と言わんばかりに口を大きく開けて自分を見てくる女房に尚秋はニヤリと口角を上げると、空々しい笑みを浮かべた。

「そんな品の無い顔をするなら、あの魔空間に放り込んでやろうか?」

「……魔空間?」

「宴だというのに互いの腹を探り合っているだろう」

 そう、それこそが尚秋が気に入らない一番の理由なのだ。
 正月だというのにどす黒い思惑を巡らせ、それも自分の邸で実行に向けての下準備を始めるなど我慢ならない。
 しかし父親が呼んだ人々なだけに自分は何も言えず、こうして自室に仮病を使って籠もっていた……のだが。

「うるさいうるさい……うるさい!」

 バチッと床に檜扇を打ち付け脇息に凭れていた体勢から立ち上がり、突然つゆさに命じる。

「今すぐ布袴(ほうこ)を用意しろ」

 これほどに耳障りな音を響かせ自分の邪魔をするのなら仕方ない。
 昼寝も出来ず、読書も出来ず、暇を持て余している自分に付き合ってもらおうではないか。

「……楽しみだ」

「………………」

 愉悦に笑む尚秋の表情を目の当たりにしたつゆさは願う。
 頼むから、これ以上主人を刺激しないでくれ、と。
 けれど願い虚しく、部屋に届く笑い声は大きさを増した…………。


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